過ち/URABE著

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急遽、3時間の暇つぶしを余儀なくされたわたしは、おもむろにグーグルマップで周辺のカフェを検索した。すると、近くに「★4.5」という高評価の店があることを発見。選択の余地もないので、とりあえずその店へ向かうことにした。

普段ならば、「時間を持て余すことなどありえない」というのがわたしのモットー。なぜなら、常にパソコンを携帯しているのでいつでもどこでも仕事ができるからだ。この「自由さ」こそが、自身の職業のいいところであり自営業の特権ともいえる。にもかかわらず、今日に限って手ぶらで出てきてしまったのだ——そう、本当に「手ぶら」で。

 

そもそも、本来ならば午後2時から予定があり、目的地へ向かうべくタクシーへ乗り込んだところ、その車内で急なリスケの連絡があっての今・・という流れのため、手ぶらであるのも致し方がない。正確には、持ち手が付いた1リットルサイズのタンブラーをぶら下げているのだが、その姿がなおさら「手ぶら感」を演出していた。まるで、近所のカフェにマイボトル持参で向かう途中かのような。

何はともあれ、起こってしまったトラブルはどうしようもないわけで、ここからの3時間をどう過ごすのかはわたし次第——そう、単なる「暇つぶし」になどしてやるものか!と、鼻息荒く「★4.5のカフェ」のドアを押し開けたのである。

 

 

カフェが入っている建物は全面ガラス張りの広い空間で、同じフロア内には何やら展示物が並べられていた。ここはどうやら貸しスタジオらしく、その一角でカフェを営業している様子。まぁ、南青山という場所柄なにをやっても様になるのが”地の利”というやつだろう。

店内にカフェ利用客はおらず、わたし一人がこの洒落たスペースを占領できるとあり、贅沢ではあるが唯一のソファ席である三人掛けのテーブルへ腰を下ろした。本来ならば三人または四人が使用する席であることに加えて、ここから3時間の長丁場となることからも、マナーとして飲み物を多めに注文——といっても日頃から大量に頼む傾向にあるので、いつも通りといえばいつも通り、ドリップコーヒー2種類にソイラテという3種類のドリンクを注文した。

 

そしてコーヒーが出来上がるまでの間、とりあえず動画でも見ようとイヤフォンを耳に刺したところ、間もなくして「バッテリーが残りわずかです、充電してください」と、まさかの死刑宣告を受けたのだ。

(ウソだろ?!ここから3時間、スマホしか頼れるアイテムがないないというのに、イヤフォンが使えないんじゃ音なしで視聴しろというのか!?)

こういう時にワイヤレスイヤフォンというのは不便である。有線ならば「充電切れ」などという失態はあり得ないが、コードが邪魔になるので外出時は無線のほうが便利。とはいえ、そもそもこれは寿命なのだろう。千円・・という破格の値段からすると相当優秀なコスパを披露してくれたのは間違いないし、ここで老体に鞭打って完全に死亡させる必要もない——仕方ない、動画はあきらめよう。

 

よりによってこんな時にイヤフォンが使えなくなるのは不運だが、せっかく洒落たカフェに来たのだから、コーヒーのみならず空間を満喫するのもまた一興。そう思い直してスマホから顔を上げたわたしは、レジ前に並ぶ数人の客の存在を確認した。

(あぁ、やっぱり有名店なのか)

時刻は土曜日の午後2時過ぎ、カフェ利用のゴールデンタイムといっても過言ではない時間帯に、南青山の一等地のカフェがガラガラなんてことはありえない。したがって、「ようやく正常に稼働し始めた」というわけだ。

そんなことを思っていると、入り口に新たな客が現れた。外国人カップルに続いて日本人女性の二人組・・合計4人の入店となった。この時点で、わたしは何となく”不穏な気配”を察知していた。まさか、いつもの「あるある」にならないだろうな——。

 

いつもの「あるある」とは、空いている店にわたしが入るとその後なぜか千客万来、あっという間に満席になってしまう現象のことだ。

言うまでもなく偶然だが、わたしとしては「あ、この店空いてるからゆっくりできそう」という理由で足を踏み入れたにもかかわらず、気づけばヒトで埋め尽くされてしまうのだから納得がいかない。とはいえ、店にとってはいい話なので客の急増について文句など言えるはずもない——。

そんなジレンマと戦いながら、高密度のカフェであまり居心地のよくない時を過ごすのであった。

 

だが、現状では店内の半分が空いていることと、外にはテラス席も用意されていることからも、さすがにこれらがすべて埋まることはないだろう。

なんならわたしが外へ移動してもいいが、残すところ2時間50分の暇つぶし・・しかも、動画の視聴や音楽を聴くことができない状態で、外でぼーっと座り続けるのは厳しいものがある。おまけに、家を出てすぐにタクシーへ乗り込み、ダイレクトに目的地へ向かうつもりだったため身なりは軽装。いくら「今日は、気温が15度まで上がるから温かいよ」と言われても、さすがに半袖シャツにパーカーという装いで夕方まで座り続けるのは、”極度の寒がり”を自称する身としてはいただけない。

 

このような理由からも、何としてでも店内を死守しなければならないわたしなのだが、唯一の汚点として「三人掛けを選んでしまったこと」を微妙に悔んだ。もちろん、今から二人掛けの席へ移動することもできるのだが、とはいえ一人でコーヒーを3杯注文しているし、長丁場を耐え抜くことを考えるとクッションのきいたソファ——店内で唯一、ここだけにある特別なシートを譲るということに、若干の抵抗を覚えるのだ。

(まぁ、ギリギリのところでどうにかなるだろう・・)

 

案の定、ほどなくして不安は的中した。みるみる埋め尽くされていく店内の様子に戦々恐々としていたところ、とある杖をついた老夫婦が入店してきた。しかしながら店内は満席となったため、やむを得ず外の席へと案内される小さな背中を目にしたわたしは、もはや居ても立っても居られなくなった。

さすがに、わざわざこのカフェを訪れるのは近所に住むセレブか、今ここで開催されている展示会のオーナーか何かだろうから、今日が「特別な日」というわけではないはず。それでも、彼らに比べたら若者であるわたしが、店内でぬくぬくとソファにもたれかかっているのは——しかも、一人で三人掛けを占領している姿というのは、絵面として美しくない。おまけに、見た目もオーラも輩っぽい野郎が、お年寄りを差し置いて自分だけいい思いをしているというのは、道徳的概念からもどうかと思う。

 

かといって、今わたしが外へで出るのはリスクが大きい。なぜなら、注文した3種類のコーヒーをほぼ飲み終えてしまったからだ。要するに、わたしが「テラス席へ移動します」と声をかけるということは、それすなわち「もう一杯注文すること」になる。それはそれで構わないのだが、正直なところ、わたしの胃袋はカフェインでパンパンになっていた。なぜなら・・家を出る前にローソンのメガコーヒーを完飲していたのだ。

言い訳ではないが、自宅にて「コーヒーを体内へ入れておこう」となるのは普通のこと。そして実際にそのように行動した結果、今現在はコーヒーなどまったく必要ないくらい大量のカフェインで満たされていたのである。

 

このような裏事情もあり、老夫婦へ店内のソファ席を譲るタイミングを逸したわたしは、ひたすらスマホをいじるフリをしながら焦りを隠した。

まずい、どう考えてもまずいぞ・・このままではあと少しで店を追い出される羽目になる。いや待てよ、二人掛けのテラス席がラスイチであることを考えると、今わたしがあそこへ移れば辛うじてこの店に居座ることができる。これでもし、3人連れが入ってきたりすれば——あっ!!!!

 

「悪い予感」というのは得てして的中するもの。顔を上げたわたしは、三人グループの女性客と目が合ってしまった。これはもう、どう考えても「試合終了」である。さすがの安西先生も、あきらめることを許してくれるだろう。

 

 

ここまでの所要時間はおよそ30分。そして、メガコーヒーに加えてドリップコーヒー2杯とソイラテでタポタポの胃袋は、これ以上のカフェインを受け付けてはくれない。しかしながら、次の予定まであと2時間半という絶対的な空白が眼前にそびえ立つ——。

 

すごすごと店を出たわたしは、行く当てもなくただ途方に暮れて空を見上げるのであった。

 

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