切羽詰まった友人から、絶賛こじらせ中の対人関係トラブルについて相談を受けたわたしは、友人を慰めるのと同時に事の顛末を脳内で整理させ、今できることとこの先の展望について説明した。
ヒトが感情を乱され激怒する時、その原因は相手・・すなわちヒトにある。そして誰しもが、自分を基準に物事の正誤を判断するため、自分にとっての正義を相手に押し付けることで反発し合う。
だからこそ、第三者が間に入って双方の主張を確認し、振り上げた拳の下ろしどころを探ることで事態を収束させるのだが、この作業に想像以上のエネルギーを持っていかれたわたしは、気力というか体力というか・・いや、精力が枯渇していた。
その後、二日連続となるピアノレッスンへ向かったわたしは、史上最悪の演奏を先生の前で披露した。真夏の炎天下でもこうはならないであろう滝汗を流しながら、どうやっても修正できない自分自身の「何か」にもがきつつ、とにかく最後まで弾き続けた。
本日のレッスンは、週末に本番を控えている演奏会のリハーサルも兼ねているので、上手くいこうがいくまいがやり直すことはできない。さらに、音をミスしようが弾き直しは許されず、ただただ負債を重ねていくだけの地獄を歩むわたし——。
そして最悪の状態で全曲弾き終えたところで、先生は
「今日でよかったわね」
と、一言だけ呟いた。
ハンドルやブレーキが壊れた車を運転するかのように、どうやっても自身をコントロールできない状態というのは、想像以上に恐ろしいしパニックになる。しかもそれが本番の環境となれば、やり直しがきかないたった一度のチャンスとなる。
それなのにわたしは、最後まで立て直すことができず、最悪な「仮の本番」を自ら作り上げてしまったのだ。
耳や顎からポタポタと汗が滴(したた)る——恐ろしい、本番が迫りつつある現実が、恐ろしすぎる。
もはや何も考えられないほどの放心状態で帰宅したわたしは、熱を出した。
そもそも体調不良だったのではないか・・と思われるかもしれないが、おそらく心因性の発熱である。朝から午後にかけて、脳みそをフルに使って考えたり対応したりした結果、長時間のストレスにさらされたことで交感神経が活性化し、体温が上昇したのだろう。
あぁ、脳を使うって本当に疲れる作業なんだな——。
とはいえ、どれもこれも一期一会の出来事ばかりである。すがる思いでわたしに電話をかけてきた友人を、果たして無視することができたか?と問われれば、それは当然「ノー」だ。わたしに相談することで、少しなりとも事態が改善したならば、それこそわたしという人間の価値があったことになる。
そして、「なんか集中できないから」といってレッスンを放棄することができたか?と問われれば、それも当たり前に「ノー」である。自分の都合で本番をキャンセルすることなどあってはならないし、どんな状態であっても——仮にそれが最悪の演奏であっても——やり遂げなければならない。
だからこそ、この熱発というのは当然の結果なのだ。脳のキャパオーバーによる全身症状が現れた状態が今なのだから。
ちなみに、本日も再び「最後のリハーサル」が控えている。
わざわざ時間を作って足を運んでくれる友人らのために、少しでも完成された演奏を披露したいところだが——うまく集中できるだろうか。
まぁ、こんなやぶれかぶれの状態でどれだけのことができるのか、そのデータを採取するためのリハーサルだと思えば、少しは気も紛れるか・・。











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