「ヒトの話を聞く」というのは、誰にでも簡単に出来そうだが、言うほど容易くないものである。それ故に、友人から「それ、ずっと前に私が言ったことじゃん!」などと指摘されたりするのだが、あの時はまだこちら側の準備——相手の話を聞いて理解するだけの、わたし自身の準備が整っていなかったのだ。
相手からすれば「自分の話は聞いていなかったくせに、別のヒトの話ならば聞き入れるなんてひどい!」と思うかもしれないが、それは単にわたしの状態というかレベルが伴っていなかっただけで、断じてヒトによって判断しているわけではない。
それだけは理解してもらいたいのである——。
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その昔、おそらくNHKだったと思うが「海外の巨匠やピアニストが、日本人の生徒にピアノレッスンをする」という番組を見たことがある。
そこで教わる生徒とは、当然ながらピアノの上手い子ばかりで、その辺の一般人ではないのが大前提。だからこそ、レッスンする側もハイレベルな指導やアドバイスをしており、画面越しに見ているわたしはポカンとしていた。
「そう、そこからさらに発展させて!」
「ここは全ての和音を響かせて!」
言葉の意味は理解できるが、それをどうやって再現したらいいのか、わたしにはサッパリ分からなかった。そのため、「まぁそんなことは、ごく一部の限られた天才にしかできないんだ」というくらいに思っていたのだが、あれから随分経った今、偶然にもYouTubeでその番組を発見したわたしは、改めてレッスンを覗いてみることにした。
しかもラッキーなことに、今週末の演奏会で弾く曲が課題として選ばれており、何かの参考になれば・・と、とりあえず視聴を開始。さてさて、どんなレッスンなのだろうか——。
「ここは絵の具のパレット、たくさんの色が置かれている!」
「直接見た光ではなく、水面に映る光で!」
(おお、なるほど・・メモメモ)
まさに目から鱗が落ちる感覚だった。それは、指示が的確であるとか斬新であるといった驚きではなく、その表現の仕方が「師匠と同じである」ことに驚いたのだ。
この二年間せっせと師匠の元へと通い、毎回2~3時間のレッスンを受け、そこで浴び続けた表現のシャワーにより、素人のわたしにも巨匠の発する言葉の意味が理解できるようになっていた——この事実に、心の底から感動したのである。
「相手が言っていることの、意味が分かる」
これほど嬉しいことはないだろう。なぜなら、言葉として理解できるだけでなく、自分の感覚として納得できる、かつ、体現できるというのは、できそうでなかなか難しいものだからだ。
——その昔、この番組を見ていたわたしは同じ曲を弾くことはできたが、巨匠のアドバイスを受けて演奏を変えることはできなかった。なぜなら、そのアドバイスに反応できるだけのレベルや状態になかったから。
だが、あれから随分と時が経ち、師匠との出会いがあり、そこで培った経験とトレーニングがわたしを変えた。その結果、20以上年前に理解できなかった言葉が、今になって消化できるようになったのだ。
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こればかりは、いつどこで変わるのかは誰にも分からない。
ただ、どんな形であれ続けていなければ変わることなどないのも事実。
長い時を経て、わたしは少しだけ成長を遂げた。今さらではあるが、「今だからこそ」の成長なのである。











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