建たない塔

 

昨日、知恵熱的な熱発を発症しカロナールの力でどうにか凌いだわたしは、リアル”現代の魔女”から与えられた食べ物により完全復活を果たした。

相変わらず、魔女が作る食べ物は恐ろしい。食材のみならず調味料まで自ら作り上げているとあり、いくら金を積んだところであれだけの薬食は手に入らない——。

 

そんなわけで、一日経って脳みそが元気になったところで、改めて昨日の出来事を振り返ってみた。

昨日は、リハーサルと称して友人らを招集し、本番さながらの状態で「通し」で弾いたのだが、合計8曲トータル29分というボリュームに、わたしの集中力は耐えられなかった。

なんというか、弾きながら段々と「自分を信じられなくなる感覚」に襲われたのだ。

 

少なくとも、前日のレッスンよりはまともな演奏ができたはずだが、とはいえプログラムの後半に差し掛かると、楽譜を見たところでそこに何が書かれているのか理解できず、鍵盤を見ても「不思議な白黒のバーが並んでいる」としか思えず、いったい今、わたしは何をやっているのか・・次にどの音を打鍵すればいいのかが、分からなくなっていた。

今までならば、こうなることを想定して練習の段階で策を練っていたのだが、今回はそれができなかった。なぜなら、8曲という数の作品を一気に弾き続けるという緊張と集中の中で、一曲一曲を弾く感覚とトータルで俯瞰する感覚とが一致しなかったからだ。

 

これが発表会ならば、1曲・・多くても2曲しか弾かないため、それぞれの曲に対して気持ちの在り方や流れを叩きこめば、たとえ演奏時間が長くてもきちんと着地することができる。

だが、付け焼き刃に近い寄せ集めの曲を積み上げた8曲では、一曲ごとのイメージを作ることができても、それを8回繋げることが難しい。なんというか、各章を単独では理解しているが、ストーリー全体となると支離滅裂な内容になってしまう・・という感じなのだ。

 

とはいえ、やるからには弾き切るしかない——”木を見て森を見ず”の逆、すなわち”灯台下暗し”的な感覚で、一曲一曲に注力することで結果的にパズルを完成させようと試みた。しかしながら上手くはいかなかった。やはり、全体像が見えていなければパズルは完成しないのだ。

ではなぜそれができないのか——その答えは簡単。シンプルに「練習が足りない」からだ。

 

今回の演奏会は急遽発生したイベントであるため、準備期間など無いに等しい。それでも、引き受けたからにはやらねばならない・・気持ちとしてはこれが正しいわけだが、だからといって実力が伴うかどうかはまた別の問題。

そして案の定、不完全なブロックを8個積み上げたところで、立派な塔が建つわけもない——これこそが、痛いほどリアルな現状である。

 

だからといって、愚痴をこぼしてうじうじしている暇はない。いかんせん、「準備不足」というのは人生において往々にして起こる事態といえる。仕事であれスポーツであれ、準備万端で本番に挑めることは少ない。

それ故に、そういった危機に直面した時こそが、実力というか底力の見せ所なのだ。

 

しかも、今回のお客さんは視覚障害者の方々であり、殊に「音のプロ」である。当たり障りのない演奏で丸めたのでは、彼ら彼女らに失礼だと考えているわたしは、やはり全力で仕上げるしかないわけで——。

 

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さぁ、残すところあと48時間。

そこですべてが終わる覚悟で、鍵盤と対峙しよう。