(砂漠って・・・普通に死ぬわ)
これが、人生初となる砂漠で一晩を過ごした翌朝の感想である。
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ユタ州南部にある「コーラル・ピンク・サンド・デューンズ州立公園」は、ピンク色・・というより、夕日が当たると美しいオレンジ色に輝く砂丘が一面に広がる州立公園である。
周囲にあるナバホ砂岩が風化し、風によって運ばれた砂が堆積して形成された砂丘は、現在も風によって形を変え続けている。
そんな魅力的な砂漠でハイキングやサンドボードさらにはオフロード走行まで楽しめるとあり、年間20万〜30万人が訪れる人気スポットなのだ。
とはいえ、観光地なのだからそれなりに便利で快適な作りになっているはず・・と高を括っていたわたしは、砂漠という特殊かつ過酷な環境の洗礼を受けることになった。
日中は、それこそタンクトップに短パンという布面積の少ない服装がフィットする夏真っ盛りの気候。照りつける太陽と突き上げる空気、そして日陰となる樹木や逃げ込むための建物の少なさ——そんな、ザ・砂漠という過酷さを体感させてもらった。
そして、当然ながらこのくらいの暑さは想定内。砂漠なんだから乾燥していて暑いに決まっているし、知らぬ間に水分が蒸発するゆえに、意識的に水分補給をしなければ脱水症状に陥ることだって理解している。
だが問題は、夜だった。
「砂漠の夜は寒い」と聞いてはいたが、日中の灼熱地獄を体験した者からすると、どうしてもその「寒い」が信じられなかった——いや、もちろん寒いなりの服装は持参していたし、自然の中で寝転がる行為を舐めていたわけではない。
しかしながら、空気が乾燥していて雲や水蒸気が少ない砂漠では、地表の熱を逃がさない「毛布」の役割を果たす存在がない。そのため、日が沈むと地表の熱が空へ逃げることで、気温が急激に下がるのだ。
その圧倒的な放射冷却による冷え込みは、想像をはるかに上回るものだった。
昼間は裸足では歩けないほど加熱された砂や岩石が、日没とともに急速に熱を奪われあっという間に冷たいベッドが出来上がる。
そして、その上へ寝転べば確実に体温を奪われるため、いつしか低体温症となり気づいた頃には屍(しかばね)の可能性も——。
そんな干からびた未来が脳裏を過ぎったわたしは、とにかく体温を下げない努力を試みた。
とりあえず、ありったけの衣服を着こみパーカーのフードをかぶり、首にはタオルを巻きつけ素足改め靴下を履いた状態でビーチサンダル・・という、徹底的に素肌を覆った状態を作り上げた。
だが、その状態でベンチに寝転がったわたしは、1分と経たずしてすべてを悟った——あぁ、これはそのうち死ぬな・・と。
無論、冬用の防寒着で身を包めば寒さなど感じることなく過ごせるし、焚火の火が消えなければ暖を取ることもできる。よって、いくらでも命は守れるのだが、よく考えてみてほしい。
昼間はあの灼熱地獄に耐え抜いたというのに、夜はまさかの寒さによる低体温症に恐れ戦き対処を迫られる・・こんなバカげた話があるだろうか。
暑いにせよ寒いにせよ、この世には限度というものがある。「クソ暑い」が「まぁまぁ暑い」に下がる程度の寒暖差ならばまだしも、「クソ暑い」が「かなり肌寒い」にまで変化するとなると、それはちょっと話が違うわけで——。
みるみる冷えていく体をさすりつつ、さすがに寝ていられなくなったわたしは、むくりと起き上がるとその辺りをウロウロ歩き始めた。
(ダメだ・・この服装でじっとしていたら、そのうち死ぬぞわたし)
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砂漠というのは恐ろしいエリアである。
ちなみに、「砂漠」は雨や雪などの降水量が非常に少なく、乾燥した地域のことを指す言葉。そして、必ずしも「砂」が必須ではなく「暑さ」も条件ではない。そのため、南極のような”寒い砂漠”というのも存在するのだ。
そう考えると、極端に雨が少なく乾燥した場所が砂漠なわけで、暑いとか寒いとか「気温」はどうでもいい——そう、だからこそ昼夜の寒暖差を甘く見たお調子者は、翌朝を迎えることはできないのである。
改めて断言する。「砂漠」という地域を舐めたら死ぬのは当然だが、舐めなくても死ぬ確率が高い環境だということを、脳みそに刻み込んでもらいたい。
これこそが、どうにか翌朝を迎えた愚者の命の搾りかす・・すなわち助言である。砂漠が恐ろしいのは昼ではない、圧倒的に「夜」なのだ。











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