遅すぎる

 

なにかに挑戦するのに「遅すぎる」ということはない。勉学にせよ趣味にせよ、思い立ったが吉日。

むしろ、明日ではなく今日でよかったと思えるくらい、いつだってその一歩を踏み出すことができる——そう信じて生きてきたわたしだが、今日、「これはさすがに遅すぎる」と後悔する出来事に直面した。

 

 

専用の容器に7mmほどの水を入れた後、そこへ小さなアルミ缶を立てたわたしはすぐさまその場を離れた。そして、荷物を手に取り素早く玄関を出ようとした瞬間、よりによって忘れ物の存在に気がついた。

(マズい・・これから会う人に渡すブツを、洗濯機の中へ避難させてしまったではないか!!)

 

「洗濯機の中へ避難」という聞き慣れない表現には理由がある。じつは、先述の”奇妙な行動”がその答えなのだが、ここ数日間ダニに刺され続けたわたしは、ついに我が家のダニ駆除に踏み切った。

シーツやカバーを洗濯したところで、マットレスや手の届かない場所に潜むダニを退治することは不可能。であれば、部屋ごと駆除するほうが効果的だろう——というわけで、アースレッドW まるごと害虫駆除を発動させたのだ。

 

ダニのみならず、ゴキブリやノミ、トコジラミなどをまとめて駆除できる総合害虫駆除剤であるアースレッドWは、ミクロの粒子が部屋の隅々まで行き渡る上に、水を使うタイプなのでニオイが残らない。

よって、出掛ける前に衣類や寝具、バッグ、パソコンなどを非難させ、安全を確保した上でアースレッドを開封し、いざダニ野郎の駆除を開始したのである。

 

部屋がいくつもあるような邸宅ならば、一か所に荷物を放り込んでしまえば済む話だが、1DKの狭い我が家における避難場所というと、トイレか風呂場か洗濯機の中・・しかない。

ちなみに、風呂場はシャワーを使用した直後で浴槽内が濡れているため、荷物を置くことができない。トイレも、空間としては荷物を押し込むのにちょうどいいが、なんとなく「トイレに物を置く」というのも気が引ける。となると、残すは洗濯機——。

 

このような経緯から、普段持ち歩いているバッグ・・正確には、道着が入った状態の大きなショルダーバッグを、バッグごと洗濯機の中へと突っ込んだのだ。

そして皮肉なことに、これから会う知人へ渡すブツは、普段持ち歩いているバッグの中に入れてあったのだが、時間的にも練習前に一度帰宅できると踏んだわたしは、大きなバッグを置いてでかけることにした。しかも、出掛ける直前に急遽そういう予定に変更したのだ。

 

そのせいで、肝心のブツをバッグに入れっぱなしのまま、洗濯槽へと葬り去ってしまった・・という経緯でわたしは今、玄関の外に立っている。

(アレを持たずに出かけたら、今日なんのために知人と会うのか分からない。かといって、ゴキブリを駆除できるほどの殺傷能力がある白煙を浴びながら、我が家の最深部である洗濯機を往復する勇気はない。まぁ、さすがに人間であるわたしは死なないだろうが、それでも目や鼻、皮膚に影響がないとは言い切れないし、むしろ何らかの影響があって当然と考えて然り。となると、こんなことに思いを巡らせている間に、殺虫成分の塊である白煙はみるみる室内を覆い尽くし、ますます洗濯機への道を閉ざしてしまうわけで、一秒たりとも躊躇する余裕などない。というか・・・もう無理だ)

 

時間にしてわずか数秒、あれこれ考えてはみたものの、薄っすらと玄関のドアを開けて中の様子を覗いたわたしは、白い靄(もや)でかすむ室内を眺めながら、もはや「時すでに遅し」であることを悟った。

ここから二時間は室内を密閉状態にしておかなければならないわけで、忘れ物を取りに戻るのは早くても二時間後——絶望的である。

 

 

人生において、なにかに挑戦するのに遅すぎることはない。と言いたいところだが、稀に「遅すぎることもある」と言うのが正しい表現だろう。

 

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