プロの演奏から学びを得ようと、都内にある某ホールへ向かったわたしは焦った。なぜなら、グーグルマップによる目的地までの道順が、明らかにおかしいのだ。
最寄りである銀座駅から地上に出たところ、徒歩数分でホールへたどり着ける予定なのだが、その経路が道ではなく「建物を突っ切る形」で示されているではないか——。
とはいえ、ホールの場所は分かっているのだから、グーグルマップによる経路案内など無視して、多少遠回りになっても大通りを行けばよかった。だがわたしは、「もしかすると、銀座ならではの隠れ通路的なものがあるのかもしれない」などと、無駄にポジティブな発想を得てしまったのが間違いだった。
銀座といえば、有名デパートやブティック、時計店や宝飾店など豪華な店舗が軒を連ねる、日本屈指の高級店エリアである。その長い歴史故に、銀座三越の地下フロアはビルを通過できる作りになっているのではなかろうか・・と、ある意味”根拠のある理由”のうえに、隠れ通路の存在を期待したわけだ。
だが当然ながら、そんな隠し通路は存在しなかった。ただ単に店内をグルグルと徘徊したわたしは、そこで無駄に5分を費やした——マズいぞ。猶予は8分しかないというのに、これでは遅刻してしまう。
こうして、意を決したわたしは急いで地上へと飛び出たのである。
*
大急ぎで会場へとたどり着いた時点で、開演1分半前だった。待ち構えている案内係たちにより、強制的にエレベーターへ押し込まれたわたしは、なんとかギリギリ会場へ滑り込むことができた。
とはいえ、わたし以外の観客はもうすでに着席しており、数秒後に現れるピアニストの登場を今か今かと心待ちにしている——そんな彼ら彼女らの、キラキラと輝く羨望のまなざしを遮るかのように、前から3列目の席へいそいそと向かうわたし。
そして、わたしが着席した瞬間に館内の照明が落ちて、ピアニストが颯爽と登場したのである。
(ヤバい、わたし待ちだったのか・・)
それにしても、プロの演奏というのは不思議なもので、自分と同じ楽器を扱っているとは思えないほど上質かつ洗練された音を発する。おかげで、曇った心が浄化されるような気分に浸れるのだ。
そもそも音楽というものは、神への祈りや祭り・儀式のために用いられたことが起源とされており、「神と人とをつなぐ道具」として太鼓や笛にはじまり、音程や和声が誕生してからはオルガンやピアノが用いられるようになった。よって、「心が洗われる気がする」というのはあながち的外れな感想ではないわけだ。
そんな美しい音楽に包まれながら、わたしは静かに眠りの国へと昇天したのである。
*
前半が終わると同時に、わたしはコーヒーを求めてロビーへと向かった。
せっかくの素晴らしい演奏をうっかり聞き逃した・・なんて、口が裂けても言えない。おまけに、プロの本番から学びを得るためにここへ来たというのに、スヤスヤと眠っていたのでは意味がない。
というわけで、さすがはホール内価格である一杯600円のドリップコーヒー(しかも小ぶりなカップ)を注文すると、隅っこで小さくなってコーヒーを啜(すす)ったのである。
チリンチリン——。
会場スタッフがハンドベルを鳴らしている。何事かと思っていたところ「そろそろ第二部が開演となります」という声が聞こえて来た。
(なにっ?!ま、まずい・・まだ半分以上残っているではないか!!)
そう、極度の猫舌であるわたしは淹れたてのコーヒーをちびちびと舐めることしかできないため、5分たってもまるで減っていなかったのだ。
(いやいや、このコーヒーは600円もしたんだぞ。それを捨てろというのか?出来るわけがない!!)
売店のスタッフに「これ、紙コップとかに移せないかな?」と小声で尋ねるも「申し訳ございません・・」と困り顔で断られる始末。となると、なにがなんでも飲み干さなければなるまい。
そんな折に、こちらへ注がれる熱視線が——なんと、スパークリングワインのグラスを片手に、泣きそうな顔の女性がいるではないか。
炭酸のアルコールゆえにグビグビ飲むこともできず、それなのに「後半が始まる」という警告を受けたため、グラスの半分を占める琥珀色の液体の処分に困り果てた彼女は、そそくさとわたしの元へ歩み寄り必死にグラスを煽った。
「・・残したくないもんね」
「・・はい」
おそらく、コーヒーよりも高価であろうスパークリングワイン。できれば完飲したい気持ちは痛いほど分かる。なんせ、コーヒーのわたしですら意地でも飲み干そうとしているのだから。
こうして、(スタッフから何度か催促された末に)どうにか飲み物を胃袋へ収めた我々は、再び会場へと向かった。だが最悪なことに、入場は後方の入り口一つしかないというではないか。
(・・まさか、またもやわたしだけが目立つ状況なんじゃ?)
なお、スパークリングワイン女史は真ん中かつ通路寄りの席のため、さほど目立つことなくスッと着席をした。そして小声で「ありがとうございました、また後で!」と送り出されたわたしは、前から3列目かつセンターという、聴衆としては最高ではあるが遅刻者にとっては最悪の席へと向かった。
肩や背中がむき出しのキャミソールからは、望まずとも目立ってしまうゴツイ肉体がさらけ出している。しかも、前半も遅刻ギリギリで着席した前科があるため、「懲りない奴だ」と全員に呆れられているに違いない。なんなら、知り合いのひそひそ話と忍び笑いが聞こえてくるではないか——。
そんな刺すような視線を全身で感じながら、どうにか自席へとたどり着いたわたし。すると、またしても着席と同時に照明が落ち、それを皮切りにピアニストが登場したのである。
(・・あぁ、やはりわたし待ちだったのか)
*
無論、わざとではないが「こうしてわたしは遅刻する」というストーリーが出来上がっていることに、我ながら驚くのであった。










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