間抜け面

 

われわれは、自分が思っている以上に己の顔を知らない。さらに極論を言うと、自分の顔を直に見ることは、一生のうちに一度もないというのが事実。

せいぜい、鏡越しに写る姿やカメラや動画で撮影された自分を見るのが精一杯で、そんな二次的な情報により己の顔面の状態を知る程度なのだ。

 

だからこそ、すまし顔で上品な笑顔を見せたり、力強く正論を語ったりする際には、あらかじめ自分の顔面がどうなっているのかを確認しておかなければならない。それを怠ると、とてつもなく滑稽で惨めな思いをすることになるからだ。

 

——渡された手鏡を覗いた瞬間、そんな「警告」がわたしの脳裏を過ぎった。

 

歯科クリニックにて、アルジネート(ピンク色のパテのような材料)で歯の型取りをしたわたしは、金属製のトレーとともにアルジネートを引っこ抜かれた。そして、あれこれ他愛もない話をした後に、若くて可愛らしい歯科衛生士から「こちらでお顔をご確認ください」と手鏡を渡されたのだ。

最初は、「歯型をとっただけで、なんの確認をするというのだ?」と不思議に思っていたのが、鏡に写る己の顔を見て驚いた——な、なんだ、このウケる顔は!?

 

漫画などでだらしない子どもを描く際に、口元に米粒をつけた描写を用いることがあるが、まさにアレ。わたしの口の周りにはピンク色のアルジネートが点々とこびりついており、その間抜けなツラといったら・・筆舌に尽くしがたい。

そんな間抜けヅラを晒しつつ、キラキラ輝く可愛い女子と談笑を交わしていたのかと思うと、「頼むから、時間を巻き戻してくれ!!」と恥をさらした己を悔やむしかなかった。

 

それにしても、口のまわりに米粒やアルジネートが付いていると、それだけでなぜこうも間抜けな表情になるのだろうか。こびりついているピンクをそのままにして、しばらく己の顔を観察したわたしは、真面目な顔をすればするほどシュールで笑えることに気が付いた。

(あぁ・・間違ってもこの状態でクレームを訴えたり、偉そうに講釈を垂れたりしなくてよかった。この顔じゃ、どれほどまともで正しいことを口にしたとて、相手にとったら笑いをこらえるのに必死になるだけじゃないか)

 

とはいえ、口元にほくろのある人はセクシーな印象になる。ではなぜ、米粒やアルジネートの場合は間抜けに見えるのだろうか——これこそが、視線のアクセントとなる「美」的な存在なのか、本来あるはずのない位置にある「異物」なのかの違いなのだ。

ほくろは固定されたアクセントとして、その人の魅力を向上させる役割がある。だが、米粒やアルジネートは本来そこにあるはずのない異物のため、「本人が気づいていない」というドジの象徴となる。その結果、生活感やコミカルさが現れることで”間抜け”な印象を与えるのだろう。

 

似たようなサイズの付着物ではあるが、固定なのか偶然なのかでこうも違いが出るとは——。

 

 

自分の顔を見るには、鏡やガラスなど反射する物がなければ確認はできない。よって、食事や歯の型取りの際には、くれぐれも口のまわりに異物を残さないよう注意を図りたいのである。

 

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