「掃き溜め」は一掃されるのか

 

あと一カ月で、このブログが産声を上げて6年が経過する。

今までの投稿記事は2,160本ということで、とてもじゃないが読み返す気にはなれない——と、書いた本人がこれなのだから、新たに読もうとする者はなおさらそう思うだろう。

 

毎日毎日、日常的かつくだらない内容のコラムを排出するべく修行を続けるわたしのモットーは、「4コマ漫画的なコラムを書く」である。

4コマ漫画というものは、サッと目を通せてクスっと笑える面白さが特徴。それゆえに、涙を誘うような感動作であるとか何度も見返すほどの大作であるとか、そのようなクオリティーは求められない反面、日々新たな4コマ・・たった4コマという少ないボリュームではあるが、とにかく毎日提供し続けなければならない義務がある。

 

ちなみにわたしは、一つの記事を二千文字程度で設計しているのだが、この数字を見て「ちょっと多いな・・」と思う者もいれば「そのくらいならサッと読める」と感じる者もいるだろう。

わたし自身、二千文字の文章を短いとは思はないし、内容によっては(裁判の判決文のような、言葉遣いも特殊でやたらと漢字が多いものなど)難しい上に読みにくく感じることもあるため、「500文字くらいならば、誰でも手軽に読み飛ばせていいのでは?」と考えたこともある。

だが、それでは『読み物』として成立しないと、物書きの先輩に教えられたのだ。

 

ネットに上がっている”商品としてのコラムや記事”は、文字数が決まっているわけではないが、およそ読みやすいボリュームとして三千文字が基準(というか「望ましい量」)とされている。

もちろん、メディアや編集者によって好みや考えは異なるので、この数字が絶対というわけではないが、『読み物』という商品または作品としての価値を示すならば、最低でもこのくらいの文字数は欲しいもの。

分かりやすい例えとしては、著名人等のブログで五百文字のエントリを読み終えても、「あぁ、手応えのある読み物だった!」とは思わないわけで。

 

逆に、五千文字や一万文字もあるとサッと読むには時間と労力が必要となるため、読み手が限定される=誰もが手軽に目を通せなくなることから、読み物としての価値や目的が果たせなくなる。

このような理由からも、およそ三千文字が読み物としてのボーダーであり、個人的にもこのくらいが『読み物』を名乗れる最低ラインだと考えている。

 

そんなわけで、「『読み物』の名を語るならば、三千文字が必要」というモットーの下、とはいえ「毎日、三千文字のコラムを書くのは厳しい」という現実との葛藤の末に編み出した独自ルールが、「二千文字に抑えつつ、しかしながら毎日排出する」というものだった。

余談だが、「願わくば、文字を読む習慣のない者に読んでもらいたい」というのがわたしの希望である。いかんせん現在の主流はテキストではなく動画であり、行政の手続きすらも動画で解説されるようになった。そんな今だからこそ、文字を・・延いては日本語を読む習慣を残してもらいたいと考えたのだ。

 

だが、内容が難しかったり他人事だったりすれば読まないだろうし、文字数が多すぎても少なすぎても読み物とはいえない。おまけに、毎日書き続けるとなるとネタの選定にも苦労するし、かといってやっつけ仕事で終わらせたくないし——そうだ、読売新聞の「コボちゃん」を目指すのはどうか。誰もがサッと読める4コマ漫画的なコラムならば、毎日読んでも飽きないのではなかろうか。

そう勝手に決意してから、雨の日も風の日も海外へ行こうが40度の高熱にうなされようが、一日たりとも止まることなく走り続けて早六年——たしかに、くだらない日常の一場面を切り抜いては、せっせと文字に落とし込んでグイグイ練り上げてポイっと排出する、を繰り返してきた。

 

そんな我が「掃き溜め」が、密かにピンチを迎えている。

 

今月中に、現在のサーバーから新たなサーバーへ引っ越しをしなければならないのだが、ド素人のわたしには千年経っても手を出せない作業ゆえに、恥を忍んで”物書きの先輩”へ依頼することにした。

約6年間におよぶ膨大な量のサムネ付き記事の移転は、慎重な作業を要する面倒な案件であるにもかかわらず、気のいい先輩は快諾してくれた。だが、言うまでもなく彼は引っ越し業者ではないため、

「移動途中で事故や事件に巻き込まれないとも限らない。最悪の場合、家財道具一式すべてがこの世から消えることになるだろう」

と、ボソッと呟いたのだ。

 

(・・まぁ、消えたら消えたでニトリで一式買い揃えればいい。なんせ「お値段以上」がウリなんだから、それはそれで新たな経験ができて面白い。いや、むしろそのほうがネタになっていいんじゃないか?!)

 

わたしに限っては、家財道具を失おうが身ぐるみはがされようが、それすらも一本のコラムにしたため吐き出すシステムを搭載している。いや、むしろ「美味しい出来事が降ってきた!」と、内心ほくそ笑む始末——。

そんな「何が合ってもノーダメージ」という不屈のメンタルを武器に、掃き溜めを失ったらまた新たな掃き溜めを作りあげる所存なのである。

 

(とはいえ、リアルに掃き溜めが一掃されてしまたら、コーヒーを啜りつつ天井を見上げながら、しばらくの間は釈迦になったつもりで生老病死について考えるだろう)

 

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