(こういうことができる店員って、いいよな・・)
周囲の者が怪訝な面持ちで見守る中、スタバの店員とわたしは奇妙な綱引き(?)をしていた。いったい何をしているのかというと、我が自慢のタンブラーの「フタを外す作業」を、店員とわたしとで協力し合いながら行っていたのだ。
スターバックスにおいて、持参したタンブラーへドリンクを入れてもらう際、客自身がフタを外しボトルのみを渡さなければならない・・というルールがある。
これは一見、いじわるな感じもするのだが(おずおずとタンブラーを差し出したところ、「フタを外した状態でお渡しください」と突き返されたら、言い方にもよるが少し嫌な感じがする)、誤ってフタを破損させてしまったりフタを落として傷つけてしまったり、といった不要なトラブルを避けるための策なのだろう。
とはいえ、わたしに限っては柔術にて手指を負傷することが多く、タンブラーのフタを外す動作が困難な場合がある。おまけに、両手に大量の荷物をぶら下げていたり、それらが食べ物であるがゆえに地面へ置くことが憚(はばか)られたりすると、まさに”使用中のハンガーラック”さながらの状態となる。
そんな時、「フタを外して、ボトルのほうだけよこせや」と言われたところで、その行為自体に苦戦するのは一目瞭然。にもかかわらず、そんなわたしをただただ静観する店員を見ると「ほんと、マニュアルで動くロボットだな」と、ため息と同時に呆れてしまうのだ。
そういえばかつて、タンブラーにてワンモアコーヒーを頼もうとしたところ「タンブラーの洗浄はできかねるので、お客様ご自身で洗浄されてからお持ちください」と、非情にも突っぱねられた悲しみについて綴ったことがある。
そして、わたしのせいなのかは分からないが、ここ最近のスタバは「ワンモアコーヒーに限っては、簡単にではありますがタンブラーの洗浄をさせていただきます」という対応に変わっていた。
・・まぁ、普通に考えたらそうなるだろう。一杯目のドリップコーヒーをタンブラーで注文して飲み干し、帰宅の際にワンモアコーヒーで持ち帰ろうとしたところ「使用済みのタンブラーはお断りです」などと言われたら、タンブラーを2個持ち歩かなければワンモアコーヒーが注文できないことになる。もしくは、一度紙カップに入ったコーヒーを受け取り、自分でタンブラーに移すか——全くもってバカバカしい。
ルールがなぜ存在するのか、そしてその「ルールの本質」がどこにあるのかを理解した上で運用する、というのが本来あるべきやり方。いかんせん、決められたことを字面のみ暗記して扱うようでは、そのルールは「危険な呪文」となり得る可能性を秘めており、そこはヒトとして頭を使って考えるべき部分だからだ。
おっと・・話がそれたが、そんなこともあって「タンブラーによるワンモアコーヒー」が受け入れられるようになってから、再び頻繁にスタバへ通うようになったわたし。
だが、今日のわたしは両手に食べ物・・しかも、手作りの料理を大量にぶら下げているため、タンブラーのフタを外すことができない。無論、荷物を下ろせばいいだけのことだが、命の代償ともいえる手作り料理を地面に置くことなど、とてもじゃないがわたしにはできない——。
そんな緊迫した状況下において、タンブラーを差し出したわたしは馴染みの店員(しかも若くて可愛い)と、阿吽の呼吸で「タンブラーの綱引き」を始めたのである。
フタを掴むわたしとボトルの底を引っ張る店員・・しかも、コイツは米国生まれの頑丈なマグタンブラーゆえに、ちょっとやそっとの力ではフタを外すことはできない。片手でフタを鷲づかみする屈強なゴリラと、両手でボトルを握りしめる華奢な女子——スポンッ!!
いい音とともに見事に分割されたタンブラーを各々の手に、笑顔で労をねぎらう女子店員とわたし。それは、なんとも清々しい共同作業の瞬間であった。
言うまでもなく彼女はルールに反していない。なんせ、フタを外したのはこのわたしであり、彼女はタンブラーを押さえていただけなのだから。
とはいえ、こんなやり取りができるのは、互いの信頼関係や親密度に由来する部分が大きく、誰もが毎回できるわけではない。しかしながら、困っている客のことを思えばこのくらいのサービス・・もはやパフォーマンスに近いものがあるが、そういう対応があってもいいと思う。
(それこそ極論ではあるが、手指を怪我している客に向かって「あんたの手がどうなっていようが、決まりは決まりだから自分でフタを外しなさいよ!」などと言えるのか?・・という話なわけで)
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こうして、ベンティ―サイズのアイスコーヒー(氷少なめ、液量多め、ハチミツ2周かき混ぜて)をタンブラーに入れてもらい、いそいそと帰宅するわたしなのであった。











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