わたしは今、ものすごく人生が楽しくない。むしろ毎日が憂鬱で仕方がない。例えるならば、崩落寸前の断崖絶壁に立たされているかのごとく・・いや、本当に「崖っぷち」の状態なので、今ほどこの比喩表現がしっくりきたことはないかもしれない。
それほどまでにわたしの人生は絶望に包まれており、明日への希望など微塵も抱けない——いったい何が起きているのかというと、数カ月前に真っ二つに割れた奥歯に加え、虫歯菌により歯の内側に空洞ができてしまった前歯の寿命が刻々と迫りくるのを感じており、そのせいで何よりもの生き甲斐である「食べること」が、非常につまらないものになってしまったのだ。
真夏の炎天下で、ゴクゴクと喉を鳴らして飲み干すコーラは美味い。もしくは、真冬の朝に熱々のコーヒーをマグカップで啜ると幸せを感じる。はたまた、緑に囲まれた自然の中で喰らいつくおにぎりは「この上ないご馳走だ!」と、神に感謝したくなるほどの満足を得られる。
このように、食べ物や飲み物は単に空腹を満たす手段というだけでなく、ヒトを幸せにしたり人生を充実させたりする効果があるのだが、それらをさらに高める要素として、シチュエーションや食べっぷりが重要となるわけだ。
なかでも、ある程度の勢いを持って力強く咀嚼することは、食べ物をより美味しく感じさせる効果がある。そう、みずみずしい果実やトウモロコシに齧りつく、あの勢いこそが美味さを助長する原動力なのである。
にもかかわらず、哀れなわたしは辛うじて繋がれた歯の命を守るべく、来る日も来る日もそっと噛みしめることしかできない——それは、食べ物のみならず”不安”をも嚙みしめる生活といえるだろう。
ほぼ瀕死状態の右の奥歯と、無理をさせられない左の前歯へ負担をかけないよう、残された歯を使って食いちぎったりすりつぶしたりする食事は、想像以上に美味くない。
本当はもっとアグレッシブに、本能の赴くままにダイナミックな咀嚼を試みたいのだが、そんなことをすれば殊に右の奥歯はあっという間にご臨終。そうなれば、天然歯逝去からのインプラント埋め込みで、計60万円の大出費・・という、身体的にも金銭的にも「地獄」が待っている。
とはいえ、風前の灯火であるこの2本の歯が、我が天寿をまっとうするまで耐え忍んでくれるとは到底思えない。どれほど咀嚼の際に労わったとしても、彼らの負担をゼロにすることは不可能。そして少しずつでも衝撃や圧力が加わり続けた結果、近い将来彼らがこの世を去るのは避けられない事実。
まさに「いつ切れてもおかしくない蜘蛛の糸」にすがりつきながら、もさもさと静かに咀嚼を繰り返す哀れな輩——こんなバカげた人生、いったいいつまで続ければいいんだ。
わたしにとって、食べることこそが唯一無二の生き甲斐である。これだけは決して譲れない本能かつ手放したくない権利なのだ。それなのに、人並外れた丈夫な消化器官を持ち合わせているにもかかわらず、肝心の「入り口」すなわち歯が故障していては、満足のいく摂食が完成しない。
ヒトは皆、欲しいものがあれば金を払って購入するし、行きたいところがあれば計画を立てて足を運ぶ。手に入れたい自分があれば時間を使って努力するし、とにかく目的を達成するべくポジティブに進むものである。
だがわたしはそんな熱い想いとは裏腹に、余命幾ばくも無い2本の歯を最期まで守るべく、憂鬱と虚無に見舞われながら細々と生きる日々を強要されているのだ。
——こんな人生の、どこに楽しみがあるというのか。
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とにもかくにも「インプラント一本60万円」という強烈な現実にビビるわたしは、”生き甲斐”を押し殺してでも歯への負担を減らすべく、柔らかい食べ物を選び静かに咀嚼を繰り返すのであった。
チーズケーキにクロワッサン、抹茶プリン、バターサブレ、さらにはカットスイカやキウイフルーツなどなど・・あれ、ダイエットはどこへ行った??











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