(人差し指が痛い・・痛いというか、曲げたり反らせたりするとおかしい)
人差し指の異常に気付いたのは、ピアノの練習をしている最中だった。両手の人差し指、とくに左手の人差し指の動きが悪く、ややもすれば攣りそうになるではないか——あぁ、ピアノ発表会に向けて猛練習したせいで、腱鞘炎にでもなったのか。
だが今夜、発表会に来られなかった友人のために「出張ミニリサイタル」を開催する予定のわたしは、さすがにここで「指が痛いので弾けません」とは言えない。それは、例えるならばクリスマス当日に、サンタクロースが「腰が痛いのでプレゼントは配れません」と言うようなもので、決してあってはならないことだからだ。
わたしからすれば、いつでもどこでも何度でも演奏することはできるが、相手にとっては「たった一度のレアな時間」となるかもしれない。いかんせん、こういうことは一期一会の可能性があるため、人差し指が痛かろうが動かなかろうが”弾かなければならない時”というのが、ピアノ弾き(?)にはあるのだ!
というわけで、痛いのは一向に構わないのだが、「動かない」というのが非常に問題である。わたしの意に反して指が動いてくれないとなると、ただでさえ完成度の低い演奏がさらにままならなくなる。となると、せっかくの機会にもかかわらずいい思い出を提供することができない——すなわち、ミニリサイタルなど開く必要性がなくなるではないか。
かといって、こんな指の状況でもそこそこ弾ける曲に変更する・・ということはできない。なぜなら、本日の観客は「発表会で弾いた曲」を楽しみに集まってくれるため、勝手に曲を変えることなどできない。しかも、よりによって発表会で弾いた曲は「指が痛くなるにはもってこい」のハードさゆえに、練習すればするほど痛みが増加する・・マズイぞ。
とりあえず指への影響が少ない曲を選んでさらってみるなど、まったく弾かないというのは気持ちが落ち着かないため、これ以上指が悪化しない方法で練習を続けるわたし。
それにしても、自分でも気づかぬうちに「発表会への執念」のようなものが生まれていたのだろうか。そこまで根詰めて練習したつもりはなかったが、指が動かなくなるほど負担をかけていたとは、ある意味驚きである。
そんなことを考えながらコーヒーブレイク・・と、お気に入りのマグタンブラーを持ち上げた瞬間——わたしはすべてを悟った。
人差し指の炎症は、ピアノの練習をし過ぎたことによるものではない。まさかの、米国製ステンレス素材の重たいマグタンブラーを毎日せっせと持ち上げていたことが原因だったのだ!!!
確かに、コーヒーと容器を合わせれば2キロ近くあるステンレス製のマグタンブラーの取っ手を、片手で持ち上げ続けていればそれなりに負担がかかるのは想像に難くない。ましてやマグタイプの構造上、親指を除く4本を取っ手に突っ込んで引っ掛けるようにして扱うため、一番上にある人差し指だけが2キロの重さに耐え続けることになる。
(そりゃ、人差し指だけが痛くなるわな・・・)
マグタンブラーの取っ手と完璧にシンクロする人差し指の痛みを感じながら、忌々しくも妙に腑に落ちるわたしは、「こればかりはどうしようもない」と諦めた。
もちろん、人差し指一本に集中していた負担を分散するべく努力はするが、だからといってこの”米国製の頑丈なマグタンブラー”を手放す気はない。なんせ、これでなければグランデ×2杯は実現しないし、なによりも武器になりうるタンブラーなどそうそう手に入るものではないからだ。
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結局、ピアノの練習をし過ぎて指が痛くなることはない。仮にそんなことがあったら、ちょっとカッコいいな・・などと現を抜かしていた己が恥ずかしい。
わたしが指を痛めるとしたら、たとえば重たいタンブラーでせっせとコーヒーを飲み続けるなど、日常的な行為が指への負担となりじわじわ蓄積した結果、腱鞘炎として爆発するくらいの「重量」が必要なのだ。
鍵盤を押す重さごときで、わたしの指が痛くなることは残念ながらないのだ——。
(さてと、ピアノの練習でもするか・・)











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