茶道と柔術と満員電車のマリアージュ

 

日常生活におけるちょっとした動作は、ややもするとスポーツや習い事で学んだことがそのまま生きる。

そもそも同じニンゲンがやることなのだから、動きや所作が共通するのは当たり前といえば当たり前だが、「まさかこんなところで!」という意外な場面で役立ったことについて、ちょっと綴っておこう。

 

 

まず一つは、茶道における「立ち上がりの動作」で、まさかの柔術が役に立ったことだ。

茶道といえば日本を代表する伝統文化であり、もてなす側のみならず招かれた客側のマナーがことのほか重視される。そのため、初心者にとっては(あらゆる意味で)針の筵に座らされるため、もはや拷問に近い苦痛とあぶら汗に耐える時間を過ごすこととなる。

 

そんな拷問・・いや、お茶会に招かれたわたしは、亭主である友人に恥をかかせないよう、事前にYouTubeにて作法やマナーを詰め込んだのだが、その中で「正座から立ち上がる動作」の際に、まさかの”コンバットベース”が登場したのだ。

コンバットベースとは、柔術で用いられる用語で「正座の状態で片膝を立てて、バランスを保つ姿勢」を指す。たとえば、クローズドガード(寝ている相手の両足の中に閉じ込められた状態。自分は上にいるが、ポジションとしては相手のほうが有利)に閉じ込められた時、ガッチリ組まれた相手の足をどうにか解除して逃げるのだが、その際に、再びクローズドガードへ捕らえられないよう、片膝を立てて身を守る・・そう、この時の姿勢がコンバットベースだ。

 

ちなみに、茶道においてコンバットベースを経由して立ち上がるのは裏千家で、表千家は両膝を揃えたまま腰を上げる模様。ということは、裏千家のほうがより攻撃的・・すなわち、コンバットベースで常に臨戦態勢を維持しつつ立ち上がる、というマインドなわけだ。

 

(侘び・寂びの境地たる茶道のお作法において、まさかの格闘技ムーブが使えるとは思いもよらなかったが、無駄のないスムーズな動作という点で両者は共通している・・そう、何事も”滑らかに流れるような動作”こそが、効果的かつ効率的なのだ)

そんなことを思いながら、すまし顔でコンバットベースを繰り返すわたしなのであった。

 

 

そしてもう一つは、混雑する電車内で座席から立ち上がる際に、まさかの「裏千家マインド」が役立ったことだ。先ほどは、柔術のコンバットベースが立ち上がりの際に活用できたわけだが、今度は物理的な動作というより「イメージ」を当てはめてみたところ、これがしっくりきたのである。

 

裏千家では、正座から立ち上がる際のイメージとして「煙が昇るがごとく立つ」とか、「頭頂部を糸で引っ張られるような感じで」という表現を用いている。

頭のてっぺんを糸で引っ張られるイメージというのは、姿勢を正す際や声楽における声の出し方などで使われる表現だが、「引っ張られる」という他力な感じがわたしにはしっくりこない。だが、「煙が昇るがごとく」というのは、わたし自身が煙となって自力で上がるイメージとピッタリ合致したため、なんとも気持ちよくスッと立つことができたのだ。

 

というわけで今、わたしの目の前にはサラリーマンが立っており、掴まることのできる手すりや吊り革はない——よし、これは煙が昇るがごとく立ち上がるチャンスだ!!

 

こうしてわたしは、裏千家家元の助言に沿って煙に擬態すると、気配を消して静かにスッと立ち上がった。その姿はおそらく、自然かつ美しくしなやかで無駄のない挙動だったに違いない。

あぁ、侘び寂びという日本独自の感性がもたらす所作の真髄とは、こういうところにあるのか。

 

 

「茶道」という、通常ならば相容れない非日常的な文化を体験したことで、格闘技のムーブ登場に歓喜したり、満員電車で煙に擬態したりと、貴重な体験をさせてもらったわたし。

これからも茶道の精神を生かしつつ、輩(やから)と裏千家とのマリアージュを推し進めようと誓うのである。

 

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