恐怖のお茶会(後編)

 

子どもの頃、母親に強制的に連れていかれたお茶会を除けば、友人からの誘いで自主的に参加した今回がいわゆる”お茶会デビュー”となったわたしは、YouTubeを駆使した一夜漬け作戦で「客のマナーや作法」を習得しようと躍起になっていた

 

だが、当然ながら茶道における正しい作法や和室のマナーなど、実践を繰り返すことで体得するものであり、文字や動画を叩きこんだところでスマートな所作が身に着くはずもない。

おまけに、穴のあくほど繰り返し視聴していた動画が、なななんと「表千家」の作法だったのだ。

(あれ、さっきの動画は左手が上だったのに、今回は右手が上になってる・・なんでだろう)

招かれたお茶会が、表か裏かどちらの流派なのか分かっていないわたしは、友人から手渡された招待状を確認してみたところ、流派の記載はないものの会場の名前が「裏千家東京茶道会館」となっており、これはどう考えても裏千家の催し物である。

 

要するに、ここまでの数時間が徒労に終わったのだ。いや、さすがに全てが無駄だったわけではないし、作法は違えどマナーに関しては共通する部分も多いはず。

だが、イスラム文化圏で左手を差し出したり左手をつかって食事をしたりすれば、どれほどその他のマナーができてたとしても完全にアウト。そのくらいの違いがあるとすれば、どう考えてもわたしは「裏千家」の作法を学ばなければならなかったのだ。

 

(何が悪いって・・動画の作りが上手いんだよ、表千家の先生は)

そう、ついつい見やすいチャンネルを選んでしまい、それが表千家の内容だったというわけだ。

 

こうして、改めて裏千家の動画を探して視聴するも、もはや時間が足りない——素人のわたしは、一晩かけて表千家と裏千家の作法を中途半端に詰め込んだ状態で、フラフラと会場へ向かったのである。

 

 

およそ予想はしていたが、会場へ足を踏み入れたわたしは、半端ない「場違い感」に背筋が凍った。

亭主や半東など会を運営する側が着物なのは当然だが、客の大半までもが和装であることに、ワンピース姿のわたしは驚くと同時に身構えた。

(これでは、茶室で立ったり座ったりする際に、参考にするべき人物が捕まらないじゃないか)

無論、洋装の客もちゃんといるので、服装においてわたしが浮いているわけではない。だが、なんというか雰囲気やオーラのようなものが異なっていることに、当の本人であるわたし自身が違和感を覚えたのである。

 

(アクセサリーは着けておらず、言うまでもなくノーメイク。肌の露出も少ないし、ちゃんと白い靴下を履いている。どこも間違っていないはずだが、なんなんだこの違和感は・・・)

 

回りの客と自分の違いを観察していたわたしは、とある事実に気が付いた。それは、わたしだけがクロックスのような樹脂製のサンダルでこの場に居座っているということだった。

和装の者は問答無用で草履だが、洋装の者については誰もが例外なくパンプスや革靴を履いている。しかも華美な服装はNGとされるため、控え目な色合いの洋服に合わせる靴といえば「黒色」が無難。

そしてわたしが履いているクロックスは、白色——イリオモテヤマネコの模様が入った限定商品だが、そんなことは自慢にもならない。

 

頭のてっぺんからくるぶしまでは完璧な装いだというのに、まさかの足元だけ失敗してしまったわたし。

とはいえ、事前にクロックスがダメだと分かっていても、そもそも「靴」を持っていないのだからどうすることもできない。さすがに、お茶会のためだけにパンプスを買う気にもなれないし、足元さえ見られなければまともな客人っぽく見えるわけで。

 

このような事情から周囲との違和感に戦々恐々としていたところ、ついに茶室へと案内される順番を迎えた。

(・・そうだ、畳に上がってしまえばクロックスも帳消しになるじゃないか。さっさと部屋に入ろう)

履き物を脱げば同じスタートラインに立てると悟ったわたしは、草履や靴が並べられた下足棚の一番上に白いクロックスをそっと追加した。そして二、三歩下がった時点で改めて下足棚を見たところ、まさかの事実に気がついたのだ。

 

パンプスや革靴は草履と比べて高さがある上に、そもそもが白っぽい草履と並ぶと、黒く鈍い光を放つ革靴は悪目立ちする。

その点、わたしのクロックスはサンダルゆえにかかとは存在しない。おまけに色も白くて目立たない——そう、まるで草履が置かれているかのように見えるのだ!!

草履、草履、クロックス、草履、黒いパンプス、草履・・・。

この中で変に目立つのは、言うまでもなく「黒いパンプス」である。要するに、お茶会の下足棚を乱しているのは、白いクロックスではなく黒いパンプスであるという”まさかの逆転劇”に、わたしは小さくガッツポーズを決めた。

 

(よし!わたしの足元マナーは、革靴やパンプスに勝るとも劣らないレベルだったわけだ)

 

 

美しい草履が並ぶ下足棚に見事に馴染む白いクロックスを、満足げに眺めるわたしなのであった。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です