怨念まみれの生き霊

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急いでいる時というのは、時間の流れがやけに早く感じるものだ。一分・・いや、一秒があっという間に過ぎるため、イライラ度合いも瞬時にマックスに達してしまう。ましてや遅刻ギリギリの時など、同じ一秒であるにもかかわらず、暇なときのソレとはまるで"価値"が違うから恐ろしい。

(この一秒が・・もったいない!!)

こんな気持ちで毎日を過ごしていれば、もしかするともっと有意義な人生になっていたかもしれないが、今となっては時すでに遅し。まぁイライラすることなく、のんびり生きるとしよう——。

 

なぜこのようなことを考えているのかというと、わたしは今ものすごく急いでいるからだ。次の予定まであと15分、そしてここから待ち合わせ場所まではタクシーで15分弱。つまり、今すぐタクシーを拾わなければわたしの遅刻が確定する・・という崖っぷちに立たされているのである。

だが、そんな時こそ平常心を保たなければならない。なぜなら、焦ったりイライラしたりしたところで、空車のタクシーが来るわけではないからだ。むしろ、心を落ち着けて平静を保つことで、無駄なストレスを回避できるというもの。まずは深呼吸っと——。

 

わたしは今、明治通り沿いに立っている。この場所はちょうどT字路になっており、「T」のヨコ棒が明治通りで、タテ棒が新古川橋通りという位置関係。ヨコ棒とタテ棒が交わる部分に立っているわたしは、ふと右側を見た——明治通りに身を乗り出す、オンナがいる!!

あのオンナ、紛れもなくタクシー待ちだ。そして彼女は、わたしがここへ来る前からああして立ちんぼのように空車待ちをしているわけで、どちらかというと優先権はあちらにある。

おまけに、オンナが立っているのは古川橋方面ということで、車はそっちからやってくるのだ。普通に考えれば、なにをどう間違っても彼女が先にタクシーへ乗り込むだろう。仮に、三車線あるうちの一番内側を空車が走行していたとしても、あのオンナならば車道へ飛び出してでもタクシーを止めるに違いない——。

 

どれほど楽観的にシミュレーションしても、わたしがオンナより先にタクシーを捕まえることは不可能。しかも、見るからに彼女のほうが焦りを感じている。おまけに、両手で大荷物を抱えていることからも、タクシーを必要としている度合いは明らかに向こうのほうが上。

とはいえ、わたしも遅刻ギリギリであることは変わりない。彼女はすでに遅刻しているのかもしれないが、わたしだって時間厳守を貫きたい気持ちがある・・いったいどうすればいいんだ。

 

T字路の根元に立つわたしは、ヨコ棒の左側・・すなわち恵比寿方面から来るタクシーが右折すれば、それを捕まえることができる。古川橋方面に気を取られているあのオンナからすると、まさに死角。タイミング悪く振り向かれたりすると厄介だが、あの必死さからしてそれはない。

ところが、こんな時に限って恵比寿方面からタクシーはやってこない。たまに"空車"の赤い文字が見えたところで、右折せずに直進してしまうのだから惜しくもなんともないのである。

 

(まいったな、どうにかして空車をつかまえないと・・・)

 

何気なく後ろを振り向いたわたしは、反射的に右手を挙げた。なんとそこには、"空車"の表示を光らせるタクシーがいたからだ!

なぜそこまで驚いたのかというと、この道・・すなわち新古川橋通りは一方通行なのだ。そのため、恵比寿方面からやってきた車が間違って右折すれば、道なりに進むしかないわけで、それを避けるためにも早めにUターンさせなければ・・などと考えながら空車待ちをしていたところだった。

ではなぜ、まるで逆走するかのようにタクシーが来たのかというと、新古川橋通りから20メートルくらい入ったところに、これまた細い一方通行の路地があり、タクシーはそこからひょっこり現れて、明治通りに出るべく左折した・・というわけだ。

 

わたしはこの場所で10年近くタクシー待ちをしてきたが、新古川橋通りを逆走するかのように背後から空車のタクシーが現れたことは、今まで一度もなかった。そのくらい、あの細い路地を左折する「空車」などいないのだから。

それなのに今、まるで奇跡のようなタイミングで空車が現れた。しかもあのオンナは、当然ながらこの事実に気づいていない。そりゃそうだ。彼女だって、まさか一通を逆走するかのように空車が現れるなどとは、微塵も思っていないだろうから。

そして、唯一の可能性である"細い路地からの左折"という選択肢についても、とてもじゃないが期待できるはずもなく、結果としてこの奇跡を手に入れることはできなかったのだ。それゆえ、悪く思わないでもらいた——

 

その瞬間、わたしは悪霊というか生霊というか、とてつもない憎悪と怨念を放つあのオンナと目が合った——こ、この世の生き物ではない。

 

さすがのわたしも、一瞬背筋が凍り目を逸らすことができなかった。

(アレは人間ではない。元から死んでいたに違いない・・・)

わたしは滑り込むようにタクシーへ身を沈めた。——半狂乱のオンナが追いかけてくるかもしれない、すぐに・・すぐさま発車してくれ!!!

 

 

恐る恐る振り向くと、黒髪を振り乱した般若が追いかけてくる——という現実だけは受け入れがたいので、決して振り向くことなくアクセル全開で(・・と運転手に依頼し)逃げ切ったのである。

 

Illustrated by 希鳳

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