便座物語

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飲食店の中には「女性を躊躇させるトイレ」が設置されていることがある。そのトイレとは「男女兼用トイレ」だ。たいていの場合、女性用トイレとは別に、もう一つのトイレとして存在する。

もちろん誰が使ってもいいわけで、空いているならば遠慮なくトイレのドアを開けて踏み入ればいい。だが女性にとってそれは、思っている以上に高いハードルだったりする。

 

まずは「なんとなく、男が使った後のトイレを使いたくない」という心理が働くことだ。百歩譲って家族や彼氏の後ならば致し方ない。だが赤の他人の、しかも脂ぎったオッサンの使用後のトイレに座るのは、やはりどこか抵抗がある。

とはいえ、そもそもトイレが一つしかないならば話は別。この場合は選択肢がないわけで、不公平やら嫌悪感には繋がらないからだ。

しかしながら女性用と男女兼用との選択肢がある場合、ほとんどの女性は「女性用」を選ぶだろう。

 

新宿のとある喫茶店で、女性用トイレが使用中だったため男女兼用トイレに入ろうとしたところ、便座が上がったままの姿を見てそっとドアを閉じたことがある。

直前に使用した男性は「小」をしたのだろう。そのため、便座を上げて便器に向かって放出するという、いたって普通の行為をしたに違いない。だが私にはそれが受け入れられなかった。

さらに、トイレの床に飛び散る水滴は手を洗った際の水道水だと思われるが、上がったままの便座を背景にそれらの水滴を見てしまうと、どうしてもそれが「水道水に見えない」という、恐ろしい偏見に見舞われてしまうのだ。

 

「トイレくらい好きにやらせてくれ!」

と、男性陣からお叱りの言葉をいただきそうなので、それ以降は男女兼用トイレは使わないようにしている。

 

そして今日、とあるカフェを出る前にトイレに寄ろうとしたところ、女性2人が順番待ちをしていた。わざわざ店内の奥まで歩いてきた手前、おずおずと引き返すこともできず、3人目のトイレ待ちとして私も列に並ぶことにした。

そもそも私が立っている場所からはトイレのドアが見えない。それもそのはず、誰かが使用中のトイレの目の前で待つことは、出会いがしらに気まずい思いをすること必至。そのため、普通は少し距離をあけたところで待つのがマナーだからだ。

今回も例外なく、ウェイティング1とウェイティング2とがそれぞれ数メートル離れて立ち、ウェイティング3である私がさらに数メートル離れて立つという、銀行のATM前のような光景が広がった。

 

「おっと・・・」

私を追い越しざまに思わずそう呟いた男性は、急ストップをかけると慌てて席へと引き返した。そう、この列がなんの列か分からずに先を急いだ結果、トイレ待ちの列だと気がついたのだ。

 

トイレのドアの赤色は、なかなか青色に変わらない。それでも引くに引けぬ状況となってしまった今、我々3人は静かにたたずむ以外に道はない。気まずさを紛らわすためにそれとなくスマホをいじるが、これといって面白いニュースも見当たらない。

そんなこんなで、ようやくトイレから女性が出てきた。それによりウェイティング1が室内へと消え、ウェイティング2がゴール一歩手前に進み、ウェイティング3の私がその後ろへと続いた。

(この調子だと、あと5分はかかりそうだな)

そうこうするうちに、ウェイティング1がトイレから出てきた。いよいよウェイティング2が入室し、私がゴール手前まで進む。とその時、私の目の前にあるドアとは別に、トイレのマークが付いているドアを発見した。それは男女兼用トイレだった。

 

(さっきから何人もの男性が、我々の姿を見て引き返していった。しかし実際には、男性ならばすぐにでも使用できるトイレがあったのだ!)

 

私の後ろには女性が一人並んでいる。そしてまた、先ほどの男性がチラッと様子を伺いに現れては、すごすごと引き返していく。そんな光景を見ながら私は思った。

「私が男女兼用トイレを使えば、後ろに並ぶ女性が次に空いたトイレを使うことができる。そうすれば、あの男性にもすぐに順番が回ってくる。これこそが、誰もが幸せになれる方法なのではないか?」

ここは都心のオシャレなカフェ。トイレだってキレイでオシャレなはず。そうだ、このくだらない渋滞を私が解消してくれよう!

 

意を決した私は、男女兼用トイレのドアを開けた。そして左側に設置されたタンクレストイレを見た瞬間、そっとドアを閉じた。

またしても便座が上がっていたのだ。

たかがそれだけのことではないか。便座を下ろせばいいじゃないか。あわよくば誰も使用していない便座かもしれないわけで、逆に清潔な便座といえなくもない!

 

私は後ろ向きのまま数歩下がり、女性用トイレの前で止まると、ウェイティング2が出てくるのを待つことにした。

 

サムネイル by 希鳳

 

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