喪服と女  URABE/著

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突然だが、私は喪服だ。

ひとり一着は持っていなければならない、究極のマストアイテムである喪服。制服の学校に通う生徒ならばいざ知らず、いい歳した大人が喪服の一つも持っていなければ、笑い者どころか常識知らずの恥さらしである。

そのくらい、自宅にテレビがなくても喪服は必ずあるものだ。

 

そんな私を必死に探す、哀れな女が一人ここにいる。こいつは、私が今どこにいるのかが分からない。分からないというより、最後に私を脱ぎ捨ててからの記憶を失っているのだ。

 

そもそも喪服を着る機会というのは、いつ訪れるか予測ができない。もちろん「親が病気で、もうそろそろ・・・」というような場合は別として、友人知人、はたまた同僚や親戚など、誰にいつ不幸が訪れるかなど把握のしようがない。

よって、つねに喪服や靴、黒ストッキング、バッグ、袱紗、数珠などを使用できる状態で保管しておかなければならないのだ。

 

にもかかわらず、この女は私の存在を見失ったため、ニッチモサッチモいかない状況に陥っている。

 

新たな喪服を買うにせよ、喪服は決して安くない。さらに特殊な濃染加工により、光沢など一切確認できないほどの暗黒の黒に染め抜いているため、一般的な黒色の衣服と並べるとその差は歴然。よって、その辺で売っている黒色のスーツやワンピースでは、代わりは務まらない。

 

この女の踏ん切りがつかない理由として、昨年7月に友人の告別式に出るために喪服に袖を通したわけだが、季節は真夏のため、七分袖のワンピースですら汗だくになりながら過ごした過去がある。そしてこの女の喪服はアンサンブルだが、当時はワンピースだけを着用したことにより、自宅に上着だけがチョコンと保管されているのだ。

そのため、新たな喪服を買うにも「完全になくした」と言い切れない、残尿感のような未練がましさ、往生際のわるさに縛られているのだ。

 

事の発端は、冬服をクリーニングに出しに行った時のこと。ふと思い出したかのように、

「アタシ、喪服のワンピース出してなかったっけ?」

と店主に尋ねた。しかし店主は「預かった記憶はない」とのこと。毎度のことだが引換券など保管しているはずもなく、さらにはクリーニングに出した記憶すらないわけで、特級のマジシャン以外に女の喪服を飛び出させることは不可能。

さらに店主は、

「喪服ならすぐに使う可能性もあるから、いつまでに仕上げるかを確認するはずなんだよね。そんな長い間、預かりっぱなしにするものじゃないから」

と、もっともな理由を述べた。たしかにその通りだ。喪服のクリーニングの都合で、不幸が起きないわけではないからだ。

 

途方に暮れた女は、帰宅するとすぐさま喪服をしまっているクローゼットを漁った。葬式用のヒールやアクセサリーが入っている箱もひっくり返して、とにかくどこかに隠したであろう私を探した。

しかし物の少ないこの家では、どれほど探せど限界がある。とうとう室内には存在しないことを認めざるをえなくなった女、今度は近所のクリーニング屋を片っ端から訪ねて回った。

だがそもそも、10年以上ここに住んでいるにもかかわらず、先ほどのクリーニング屋にしか行ったことがないのが事実。いくら近所だからとはいえ、無意識に他のクリーニング屋へ行くはずがないのだ。

 

最終的には、友人らに喪服の行方を教えてくれるよう懇願する始末。そんなことを聞かれたって、困るのは友人らのほうだ。とにかく迷惑をかけるだけかけた女は、とうとうネットで喪服を検索し始めた。

 

とはいえ、喫緊で喪服が必要となる何かがあるわけでもなく、もしかするとひょんなことから私の居場所を突き止めるかもしれないわけで、そんな微かな期待を抱きつつ、女はスマホを投げ捨てた。

そして太々しい態度でソファに倒れ込むと、グーグー昼寝をはじめた。

 

 

さて、私は今どこにいるのでしょう。

 

(了)

 

サムネイル by 希鳳

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