左手が障害者

 

(これが、時差ボケというやつか・・?)

毎年、最低でも一回は海外逃亡の習性があるわたしだが、時差ボケに悩まされたことはない、といっても過言ではないくらい記憶にない。

そもそも、普段から睡眠時間は長くないし就寝時刻もまばらなため、アメリカでもヨーロッパでも時差を気にする必要がないのが自慢だった。もちろん、帰国してからも同じようなスケジュールで過ごすので、朝寝たり夜寝たりまたは寝なかったり・・という感じで、なんとなく適当に睡眠をとるのがわたしの日常なのである。

 

ところが今回、帰国直後から異変が起きた。それは何かというと、なぜか「まったく眠くない」という、謎の躁(そう)状態が続いているのだ。

 

必死に眠ろうとするのだが、そんな意思に反するかのように脳が冴えわたり、神経がビンビンに働くことで色々な音に敏感になり、そのせいでさらに脳が回転する・・という、休息とリカバリーの観点からは最悪の状態に陥っているわたし。

かといって、体力が落ちるとか集中力が低下するといった副作用もみられず、一見、スーパーサイヤ人化したような無敵状態にもとれるのだが、ヒトである以上そんなわけはない。必ずどこかで歪は現れるだろうし、脳や内臓が聞こえぬ悲鳴をあげているかもしれない。

それでも今は、とにかく眠くないのだからどうしようもないのである。

 

ちなみに、入眠に良さそうなクラシック(主にピアノ)を流せば、それこそ脳が活性化してしまい、いつしかむくりと起き上がりピアノの蓋を開けるのがオチ。

そして気づけば数時間が経過しており、今さら眠れる気配もないので、しぶしぶパソコンを開いて仕事に取り掛かる——というのが、帰国から今日まで続く「謎の無睡眠状態」の流れなのだ。

もちろん、日中は柔術やピアノといったフィジカルを使う行為を行っているので、身体が疲れていないはずはない。にもかかわらず、夜も昼も眠くならないどころか、横になればなるほど神経が過敏になり脳の回転が速まるのだから、もはや打つ手がないのである。

 

一方、いいことだけでは終わらないのも事実。睡眠がゼロのなると、必然的に触れる時間が増えるのがピアノだが、それに比例するかのように絶望と苦悩も増えるのが、唯一のデメリットといえるだろう。

わたしの左手は障害状態にある。殊に、人差し指と中指がおかしなことになっており、真っすぐ伸ばすこともグッと握ることもできないのだ。そのため、他の指にも影響が出てしまい、どんなに易しい曲でも左手に早いパッセージがあればまともに弾くことはできない。

そんな状態でよくここまでやってきたと、自分で自分を誉めたいくらいだが、それでもやっぱり泣きたくなるのも事実。なぜ動かないんだ、なぜ動いてくれないんだ——この指がまともに動くようになるリハビリや手術があるなら、喜んでチャレンジしたいと願うくらい、わたしの左手は「障害者」なのである。

 

しかしながら、今さら泣き言をいっていても始まらない。当たり前だが、ピアノを辞めるか続けるかの二択しかないわけで、辞められないのであればどうにかして弾ける方法を編み出すしかないのだから。

だが、今までも何百回何千回と様々な方法を試してきた。それでも、これといった画期的な改善はみられず、何度も何度も腐りかけた。

それでもこうして続けているということは、きっといつか左手が動くようになるのだろう。それが分かっているから、どんなに惨めで苦しくてもピアノを弾き続けているのだと信じたい。

 

(起きていると思考が止まらない分、ネガティブな感情も増えるんだな・・)

久々の・・いや、もしかすると初めての時差ボケのせいで、辛い思いを強いられる可哀そうなわたしなのである。