デブを見ると殺意が湧くわたし——その存在を認識するだけで、苛立ちと憎悪が膨れ上がるのだが、だからといって「ガリガリに痩せろ」とは思わない。
せめて、ヒトとして一般的とされる形状・・具体的には、アゴや肩甲骨など自身の骨格が視認できる程度のフォルムになってほしい、と強く願うだけで。
殊に女のデブには厳しいわたしは、元・美少女である後輩の変貌ぶりに堪忍袋の緒が切れた。
余談だが、これが元・美少女ではなくその辺の男である場合は、苛立ちや憤怒といった感情を抑えることができる。いかんせん、オトコのデブなど網膜を害する諸悪の根源でしかないので、「この世に居ないもの」として扱うのが得策。
最初こそ、牙を剥き鋭い眼光で睨みつけるが、「そんなことをしても、このデブにとってはノーダメージだぞ」と自身に言い聞かせ、我に返るとスッと深呼吸をして脳にフィルターをかける——そう、「デブ不検出機能」を発動させるのだ。
しかしながら、顔面偏差値の高いオンナのデブを放っておくことはできない。これは個人的な感情ではなく、この世の理(ことわり)として放置してはならないからだ。
美人・美少女は生まれながらにして「社会的な責務」を課せられている。言い換えれば、「ノブレス・オブリージュ」が抱く道徳観のようなもので、見た目が麗しい者はその形状を維持し続けることで、社会的責任や道徳的な義務を果たさなければならない。それこそが世界平和の第一歩であり、健康寿命を延ばす最善手でもあるからだ。
にもかかわらず、元・美少女の後輩は”肉まんの権化”のように膨張し、可愛らしくニッコリ微笑んだつもりが、闇組織のボスのような太々しい笑いになっているではないか!!
「おい、顔が肉まんみたいだぞ」
「美味しそうでいいじゃん!」
(・・・)
「おい、首はどこだ?」
「これハイネックなんだよね。汗をしっかり吸収!」
(・・・・)
「着ている服がパツパツじゃねーか」
「うん、フィットしてる。これ伸びるんだよね、新素材だから!」
(・・・・・)
ヒトというのは、デブの自覚があるとこうも達者に口が回るようになるものなのか。キラキラお目目にツルツルお肌、高校の制服がよく似合う黒目がちな美少女・・という肩書きを背負いかけていたあの頃は、いったいどこへ消えてしまったんだ。
まさかあれは幻覚だったのか?そもそも美少女など存在しなかったのでは——むしろ、こちらが現実逃避したくなるほどの、肝が座ったフォルムへと進化した後輩を憎々し気に睨みつけるわたし。
(日本のため・・いや、全人類のためにどうにかして痩せさせなければ)
だが、第二形態へと進化した元・美少女は、フォルムの変化と共にメンタルも強化されていた。そして生意気にも「坂道ダッシュを始めて、今日で5日目(だから、そのうち痩せるよ)!」などとのたまうではないか。
(き、貴様はバカか!? ただでさえ無駄に太っているというのに、よりによって膝や足首に負担がかかる坂道ダッシュをするなど、そのうち膝を痛めて運動断念・・からの、動かないからさらに太るという未来が、誰の目にも明白だろうがっ!!)
どれほど正論をぶつけても、まるで強力なATフィールドを張っているかのように軽く跳ね返してくる後輩。これは、もはや意地でも道着に袖を通させるしかないか——。
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自身が「美人、美少女」または「元・美人、美少女」という自覚のある女性は、地球の未来のためにも適正なるフォルムの維持を徹底せよ。











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