利き手不要説

 

四日前に右手の親指を派手に負傷したわたしは、左手主導の生活を余儀なくされた。その結果、現代の生活様式ならば左手ですべてこなせるようになってしまった。

 

まずは歯磨きだが、怪我をする以前から左右それぞれの手で磨いていたため、これといった苦労は感じず。加えて、使い捨てコンタクトレンズの開封作業やトイレットペーパーを手繰る動作なども、両方の手で行っていたというか、左右どちらか近い側の手を使っていたので、こちらも左手一本にしたところでどうってことはない。

そんな中で唯一の功績・・もとい技術の習得といえば、”右利き用のハサミを左手で完璧に使いこなせるようになった”ということだろう。

 

じつは我が家には、眉カット用のハサミが二種類ある。一つは右利き用でもう一つは左利き用。これは、左右の眉毛をそれぞれの手でカットするために用意したものだが、普通に紙や布なども切れるので対象物に合わせて左右で使い分けていた。

だが現在、右手の親指を動かすことはおろか指を入れて重さがかかるだけで激痛が走るため、ハサミを使う際は左手のみで扱わなければならない。しかも、これまで野生動物のごとく道具を使わなかったわたしが、まさかの文明の利器を使用するようになっていた。その名は「キッチンバサミ」——。

このアイテムのおかげで、ジャガイモの芽を簡単にくり抜いたり、耐熱ボウルから飛び出してしまう細長い系の野菜を細かくしたり、食材が入った袋を開封したり(正確には、封書や段ボールの開封作業で使っている)と、あらゆる場面で効率的かつ手指への負担が軽減されるという、テクノロジーの恩恵にあずかっていたのだ。

 

今までは、ジャガイモの芽ならば爪で削ったり指先でくり抜いたりしていた。さらに、細長い系の野菜は手で真っ二つに折ったり、袋などの開封作業は歯で切れ目を入れるか腕力で勝負をしたりと、リアルに「道具を使わない野生動物のような方法」で生活してきたわたし。

それが、このハサミという道具を得てからは作業が簡単かつ迅速に行えるようになり、「あぁ、ニンゲンってすごいな」と深く感動を覚えたのである。

 

だが、このハサミは右利き用にできているため、左手で扱うと両方の刃を噛み合わせるための”逆向きの圧力”がかかりにくい構造となっている。そのため、左手で扱うにはちょっとした意識というか技術が必要となる。

だからといって、ハサミをあきらめて素手で勝負をすることはない。ジャガイモの芽をとるのも、ズッキーニやニンジンはたまた玉ねぎを切るのも、このハサミを使わなければ気が済まないからだ。なんせわたしは、今を生きる現代人なのだから——。

 

そんなわけで、しばらく左手でキッチンバサミを操作しているうちに、あっさりとコツをつかんだわたしはサクサクと剪断(せんだん)できるようになった。

そのコツとは・・じつは大したことではない。今までは「無意識でも簡単に切れていた」というだけで、刃の構造を考慮すれば逆の手でも剪断(せんだん)は可能。そして、慣れてしまえば無意識に扱えるようになるため、繰り返すうちにいつしか右利き用のハサミを左手で同じように使えるようになった、というだけのこと。

 

こうなると、日常生活において「利き手でなければ難しいこと」というのは、存在しないのではなかろうか?

さすがに文字を書くのは利き手でなければ難しい。とはいえ、そもそもペンを持つことなど24時間のうちに一度もないのだから、この期に及んで利き手にこだわる必要はない。しかも、パソコンやスマホなど文字を入力するデバイスについては、両手で操作をするのが前提となっており、右手の親指が戦線離脱したくらいでは大した影響をおよぼさないのだ。

 

そんな中でも、唯一困るのは「なにかを縛るとき」だった。

ゴミ袋の口を縛ったり道着の帯を縛ったり、両手で逆方向の力を加える際に右手で強く握ることができないため、代替手段として口・・というか「歯」を使うしかない。しかしながら、口で咥(くわ)えきれない厚みや素材の場合、どうしても自分一人で縛りきるのは困難となる。

(職業がSMの女王様じゃなくてよかったわ・・)

まだ腫れが残るまあるい右手を見つめながら、つくづくそう思うのであった。

 

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