軽作業による腰痛は労災か否か、その微妙な判断は労基署次第。

 

日本に住む者——具体的には、日本で住民登録をしている者は、誰しもが「保険」に加入しなければならない。これは「国民皆保険制度」といって、日本で暮らす者の安全を保障するために、政府と国民がそれぞれ保険料を負担し、医療費の3割を自己負担することで診療が受けられたり、高齢者や障害状態にある者の生活費を年金の形でサポートしたりしているからだ。

まぁ、読んで字のごとく「保険」なので、損得勘定で成り立つ制度ではない。もしもの場合のセーフティーネットなわけで、日頃から医療保険や年金制度を意識して暮らす者はいないだろう、社労士以外には——。

 

そんな折、とある顧問先から相談を受けて感じたのは、「労災と健保の違いを、会社・労働者・主治医など、すべての関係者に正しく説明するのは難しい」ということだった。

たとえば、「料理の仕込み作業中に、包丁で指を切った」となれば明らかに労災であると判断できるが、「重量のある部品を上げ下げする動作を繰り返すことで、いつしか肩や腰を痛めた可能性がある」という場合、労働者本人は「元から腰痛はあったし、年齢的なものもあるだろうから、個人的に医療機関を受診しよう」となるし、会社としても「まさか、その程度の作業で負傷しないだろう」と考えるケースが多い。

しかも、受診先の医療機関で「関節痛は労災が通りにくいからねぇ・・」などと言われた日には、当然ながら労働者が会社へ相談する可能性は消えるわけで、たとえその怪我が”業務に起因するもの”であったとしても、各々の自己判断の末に健康保険を使った治療やリハビリを行うこととなるのだ。

 

ちなみに、健康保険法第55条第1項では、

被保険者に係る療養の給付又は入院時食事療養費、入院時生活療養費、保険外併用療養費、療養費、訪問看護療養費、移送費、傷病手当金、埋葬料、家族療養費、家族訪問看護療養費、家族移送費若しくは家族埋葬料の支給は、同一の疾病、負傷又は死亡について、労働者災害補償保険法、国家公務員災害補償法(昭和二十六年法律第百九十一号。他の法律において準用し、又は例による場合を含む。次項及び第百二十八条第二項において同じ。)又は地方公務員災害補償法(昭和四十二年法律第百二十一号)若しくは同法に基づく条例の規定によりこれらに相当する給付を受けることができる場合には、行わない

と定められており、端的にいうと「労災保険と健康保険ならば、労災が優先される」という決まりになっている。そのため、もしも業務に起因する負傷や疾病ならば「健康保険を使うことはできない」のである。

 

しかしながら、「仕事中の怪我ならば、なんでもかんでも労災!!」とはならないことも、少なからず承知しておかなければならない。先の例で登場した医師の発言の根拠として、腰痛や肩こりといった「日常生活でも起こりうる痛み」の場合、労災として認められない可能性があるからだ。

そのため、厚生労働省は「腰痛」について労災認定の判断基準をまとめたリーフレットを発行している。たしかに、「長時間のデスクワークが原因で腰痛になったので、労災認定してください」がまかり通れば、この世に存在する多くのデスクワーカーは無料で治療を受けられることになるし、それでは労災保険制度が破綻してしまうだろう。

 

なお、リーフレットの中では

一般的に、いわゆる「ぎっくり腰」(病名は「急性腰痛症」など)は、日常的な動作の中で生じるので、たとえ仕事中に発症したとしても、ただちに労災補償の対象とはなりません。

ただし、発症時の動作や姿勢の異常性などから、腰への強い力の作用があった場合には労災補償の対象として認められることがあります。

と「ぎっくり腰」について言及しており、これはおそらく「就業中またはその後に発症した、ぎっくり腰による労災申請の多さ」を物語っているといえる。

 

また、日々の業務による腰部への負荷が徐々に作用して発症した腰痛——すなわち「災害性の原因によらない腰痛」についても判断基準の目安を説明しており、

・毎日数時間程度、腰にとって極めて不自然な姿勢を保持して行う業務(例えば、配電工など)

・長時間立ち上がることができず、同一の姿勢を持続して行う業務(例えば、長距離トラック運転手など)

このような業務に、およそ3か月以上従事したことで「筋肉等の疲労が原因で発症した腰痛」であったり、約20㎏以上の重量物を労働時間の半分程度以上におよんで取り扱う業務に、およそ10年以上従事したことで「骨の変化が起こったことで発症した腰痛」だったりすると、労災補償の対象となる。

 

無論、個々の状況によって判断は分かれるので、必ずしも労災認定されるとは断言できないが、業務に起因するか否かの判断基準が難しい事案に関しては、このような客観的事実を元に審査が進められるというわけだ。

その上で、軽作業とはいえある程度の重量のある部品を上げ下げする業務に従事したことが原因で、既往症が悪化したことによる肩や腰の関節痛について、必ずしも労災認定されるとは言い切れないし、かといって特定の作業により悪化した可能性が高いのであれば、先ずは労災申請するべきである。それを、会社や労働者、はたまた医師や社労士が独断で判断するのは、間違っているし避けなければならない。

かといって、審査が通るかどうかも分からないものを強制するのは憚られるし、発行された診断書や実際の状態からも「マジで微妙」としか言えない状況の場合、その後の対応をどう助言するべきなのか悩んでしまうわけで——。

 

 

とりあえず、労働者が身体に痛みを覚えているのは事実であり、症状改善のために治療を行っているのも事実なのだから、当たり前だが「仮病」ではない。ただ、その原因が業務に起因するものか否かという面で、労災保険か健康保険かいずれかの保険制度を利用するべきかの判断に迷っているだけで。

(まずは労災の申請をするのが、正しい順番だろう)

・・という説明を、これから行う予定のわたしなのである。