現場作業員へのリスペクトが強すぎて

 

わたしは今、至近距離で発生している「騒音」と戦っている。正確には、戦う必要など皆無であるにもかかわらず、勝手に「要らぬ気を使っている」せいで、無駄に耐え凌ぐ状況を自ら作り出しているだけなのだが——。

 

いったいどのような状況かというと、我がマンション(超欠陥物件)の大規模修繕工事がいよいよ終わりを迎えるため、外壁周辺に設置された足場を撤去する作業が行われており、足場である鉄板や骨組みの溶接を剥がすべく、ハンマーでガンガン叩き壊す様子をわずか数メートルの距離でダイレクトに聞いているのだ。

とはいえ、のこのことバルコニーへ出て撤去作業の様子を見学しているわけではない。ちゃんと室内にいるし、なんならパソコンと向き合っているわけで、外で作業している者からすれば「まさかそこにヒトがいるとは思わなかった」という感じだろう。

いかんせんブラインドは下ろしてあるし、日中は照明をつけないため室内の明かりが外へ漏れることもない。よって、外から見れば我が家は「外出中で無人状態」なのだ。

 

いやいや、もはや在宅か不在かはどうでもいい。本日が足場の撤去作業日であり、作業員らはそれを忠実に遂行しているだけなのだから、彼らに非があるわけでも彼らを責めているわけでもない。

ただただ、バルコニーの窓(ドア)を全開で網戸とブラインドを下げているわたしが悪いのだ

 

全開、すなわちドアのサッシが中途半端なところに止まっていないため、完全に閉じているか開いているかの二択となる状況で、奇しくもわたしは「後者の状態」を維持していた。なぜなら、外の気温がちょうど気持ちいい季節だからだ。

そして、網目の細かい——少し離れると黒っぽく見えるほど、しっかりとした分厚い網戸を閉めて、その裏から2メートル半の巨大なブラインドを落としているわけで、内からも外からも「まさか窓(ドア)が空いているとは思えない状態」が、今の我が家のバルコニー側の状況。

 

そして、全開のドア→目の細かい網戸→ブラインドの目の前にデスクとパソコン、そして「わたし」という順番のため、バルコニーで作業する者たちの会話や作業音は、まさに目の前で起きている現実として詳細まで届いているわけだ。

(頼むから、わたしの悪口とか言わないでくれよ・・)

バルコニーに置かれた長尺の材木について、作業員たちが気にする様子が聞こえてくる。あぁ、なぜもっと早く撤去しておかなかったのだろうか——。大型の材木に加えて、業務用のハンマーやバール、電動ノコギリまで放置してあり、どう考えても「か弱い女性の一人暮らし」とは思えないアイテムが散乱している。

 

だがそんな杞憂も虚しく、破壊に全振りしたハンマーの打撃音が耳をつんざくように鳴り響く。

(ヤバイ、鼓膜のみならず脳みそがやられる・・)

通常ならば、「騒音がうるさいのであれば、ドアを閉めればいい」となるわけだが、心優しいわたしはこう思ったのだ——作業員の方たちは、この騒音をさらに至近距離で受け止めているのに、室内でのうのうと過ごす一兵卒たるわたしが、うるさいからといって音を遮蔽するべくドアを閉めるのは、彼らに対して失礼なのではなかろうか、と。

 

このような「現場作業員への強いリスペクト」を重んじるあまり、わたしはさっきからずっと発狂しそうなほどの騒音に耐えているのである。

最上階にある我が家は足場の撤去も最初に行われるため、朝から続く金属の破壊音と作業員たちの雑談、そしてたまに飛び交う親方の怒号など、まるで「現場作業員の仕事風景」を疑似体験させてもらっているかのような時間を過ごしている。

まぁ、考えようによっては幸せな時間ではあるが、せめてこのドアを一枚だけ閉めさせてもらえれば最高なのだが——いや、それは彼らに対して失礼にあたる。

 

もうそろそろ昼休憩に入る頃合い。彼らが地上へ降りたならば、すぐさまドアを閉めるべくタイミングを見計らうわたしなのであった。

 

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