網膜疾患のネ申/URABE著

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(備えあれば患いなし・・を実行することこそが正義。しかも、それで儲けられるというならば、やらない手はないだろう)

俺の考えは今も昔も変わらない。とはいえ最近は、以前ほどの意欲と熱意がないのも事実。そんな俺の職業は・・眼科医である。

 

親父のコネでねじ込まれた私大の医学部を出て、大学病院の勤務もそこそこに実家の眼科を継いだ俺は、「このままではダメになる」と早い段階で気づいていた。

山ほどある町医者的な眼科が、セコセコと働いたところで稼ぎなどたかが知れている。近視や老眼といった屈折異常から、結膜炎、ドライアイ程度の診察を重ねたところで、収益を増やすべくマンパワーのみで回すには限界がある。だったら、一人当たりの単価の高いオペを大量にこなすことで、時短と増益を兼ねるのがビジネスとしての基本。

無論、疾患に悩む患者を救うのだから、互いにwin-winであり何ら問題はない。しかも失明のリスクを免れるとあれば、人助けどころか神になれる・・そうだ、俺は網膜に疾患を抱える患者にとっての「神」になろう——。

 

網膜疾患として有名な「網膜剥離」に対するファーストチョイスは、剥離の状態にもよるが”バックリング手術”が選ばれてきた。だが、比較的安全で効果的である反面、視力回復に限界があったりリオペのリスクが高かったりする。さらに、強膜にシリコン製のスポンジを縫い付けることで必然的に眼球が変形するため、近視や乱視が進行するというデメリットも無視できない。

おまけに術者のセンスと技術が試されるこのオペは、残念ながら俺には無理である。というか、そんな苦労をしてまでやりたいわけじゃないので、どの患者にも同じオペを行うことで効率的なルートを作っていきたい——よし、”硝子体手術”一本で勝負しよう。

 

昭和の時代ならばまだしも、今となっては硝子体手術を選択するドクターが増えた。なんせ、網膜を吸引することで剥離のリスクを生む硝子体など、さっさと除去したほうがいいからだ。・・だって、そうだろ?失明という危険因子を温めておく必要など、どこにもないわけで。

そういえば、飛蚊症を気にする患者も多い。今のご時世、目から入る情報こそが全てなわけで、クリアな視界を提供してあげるのも”神こそがなせる業”といえる。だったら、飛蚊症が現れた時点で硝子体手術を行えば、その後はスッキリと物を見ることができるじゃないか——この流れ、悪くない。

 

こうして俺は、徹底的に硝子体手術のトレーニングを積んだ。幸いにも手先が器用であることが取り柄なので、プラモデル作りのような精密作業が昔から得意だった。そしていつしか、網膜裂孔や網膜剥離の患者が全国から集まるようになった。それと同時に、俺は「網膜トラブルから患者を救う神」として崇められるようになったのだ。

 

(まさに天職だ!なんせ、病的な飛蚊症のみならず保険適用されない生理的な飛蚊症に対しても、硝子体の濁りを取り除いてやるだけで結構なお値段の手術代がもらえるんだからやらない手はない。おまけに「予防」と称して網膜裂孔の時点で硝子体を除去してしまえば、網膜が剥離する恐怖のみならず、飛蚊症の煩わしさからも解放されるわけで一石二鳥・・・あぁ、俺こそが網膜疾患から患者を救える、唯一無二の存在に違いない!)

 

ちなみに、硝子体手術は水晶体を濁らせる可能性が高い。そのため、しばらくすると白内障手術を行う流れとなるので、これまた必然的に患者が集まることとなる。

言うまでもないが、俺自身が白内障の進行を招くようなことはしていない。そもそも、水晶体を支える硝子体がなくなれば、眼内圧が変化するのは当然のこと。そして内圧の変化により水晶体に負担がかかることから、白内障が進行してしまうのである——ということは、そこまでをセットにすれば患者にとっても安心&便利ということか!

 

そんなこんなで、軽度な飛蚊症の時点で硝子体手術を実施することで、視力や視野の低下を招くことなく順調にオペの件数を増やすことに成功した俺。同時に、白内障手術も比例的に増えたことで、眼内レンズメーカーの社員たちが目の色変えてすり寄って来るのを、適当にあしらうのが日課となった。

こうして俺は「網膜」という二度と再生しない代物を扱う神として、患者からもメーカーからも崇められるようになったわけだが、もしもこのビジネスに気付かなければ、俺は今でも”しがない眼科医”として点数稼ぎの診療に追われていただろう。

 

とはいえ、同業者からは「不要なオペをするなど、医療倫理の四原則に反している!」と、しょっちゅう糾弾される。だがそんなの知ったこっちゃない。俺にとっても患者にとっても、今こそが重要かつ貴重な瞬間であり、少しでもクリアな視界を提供してやることこそが、患者のQOL向上にもつながるからだ。

そんなことも分からず、規律に縛られギャーギャー騒ぐオールドタイプとは、この先も和解することはないだろう。でもそれでいいんだ、なんせ俺は・・俺こそが神なんだから!

 

(完)

Illustrated by 希鳳

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