天国で地獄

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柔術の試合を一週間後に控えて、体調や減量について慎重にならない選手はいないだろう。ところが私は、ヨーイドン!で大量のご馳走を食べなければならない状況となり、あぁなんたる不運!・・・いや幸運か。あぁ、なんたるタイミングの悪さ!・・・いやグッドタイミングか。

とにかく私は、二日で10合の米を食べ、何キロかの肉を食べ、煮物やぬか漬けを食べたあげくにチーズケーキまで食べてしまったのだから。

 

 

「最高に美味しい米が手に入ったから、炊いて送るよ」

 

料理専門家の友人から連絡があった。我が家に炊飯器がないことを承知している彼女は、自分の手元で最高の「ご飯」を完成させてからクール便で届けてくれるのだそう。

 

この時点で試合に出ることは決まっていたが、友人の想いを無駄にはできない。ましてや「最高に美味い米」なんてものが、しょっちゅう手に入るはずもないわけで、このタイミングを逃せば次は何年先になるのか分からない。

(いつ地震に襲われたり、隕石が衝突したりするかわからないもんな・・・)

そう、常に食べたいものから食べる習性の私は、外食でもなんでもデザートから食べ始める。フルーツや生クリームといった「大好物」を最後に食べるなど愚の骨頂。食事中に天災や事件事故に見舞われたら、デザートを食べずしてこの世をさることになる。そんな無駄な人生、断じて受け入れられない。

 

「おかずも入れて送っとくわ」

 

気前よく提案してくれた友人の料理は、美味いを通り越して薬に近い役割を果たす。言葉で例えるならば「内臓を動かす力のある料理」とでもいおうか。

彼女自身、体を壊しているため食べられるものが限られている。これは種類の話ではない、添加物の話だ。体とは実に正直なもの。アレルギー体質の人がそうだが、どんなに見た目をごまかそうが、体はそれを受け付けない。

そんな彼女の食事は、それこそ薬と同じ価値があるのだ。

 

美味さ以上に付加価値のある料理が送られてくるとなれば、喜ばないはずがない。私は小躍りしながらクール便の到着を待つのであった。

 

 

時を同じくして、これまた別の料理巧者の友人から連絡がきた。

「私がSNSにアップしたあの料理、よかったら食べてみない?」

あの料理とは、質の良さそうな鶏むね肉を蒸した上に、白ゴマやラー油のようなタレがかかているものだった。しかも「ロカボ」と書かれていたので、血糖値の上昇を抑える効果は減量にも最適な食事といえる。

「バターライスも一緒におくるわね」

私の大好物が米であることを、忘れてはいない友人。さすがにグッと胃袋を掴まれた感じがする。

 

彼女の料理には大自然の恵みのような、豊かさが染みこんでいる。特別な素材や調味料を使っているわけではなさそうだが、野菜の切り方や肉の下ごしらえからして、すべてが繊細かつ丁寧に行われている。

職業料理人ではないにもかかわらず、この完成度は脱帽レベル。とはいえ勘違いするなかれ。派手で豪華で洒落た料理、というわけではない。あくまで家庭料理の範疇だが、そこには間違いなく幸せで温かい家族の笑顔が浮かぶ、そんな味なのだ。

 

家庭料理の頂点が送られてくるとあり、こちらもワクワクしながら玄関のチャイムが鳴るのを待つことにした。

 

 

つまり私の印象というのは「大食い」一択なのだろう。とんでもない量の白米とバターライスに丸ごとチャーシュー、どでかいタッパーに一杯の大根と鶏肉の煮物、大量の煮玉子、びっしりと並べられた鶏むね肉の中華風、お手製ぬか床に埋まったままの漬け物、あとはなんという料理か分からない巻物やら肉物やらが大量に届いた。

米に関しては、二人を合算すると10合に及ぶ。

 

我が家には冷凍庫がない。冷蔵庫はあるといえばあるが、いわゆるミニバーサイズのため、高さのある容器などそもそも入らない。しかもこれほどの量の食べ物ならば、容器云々の問題ではなく、ミキサーで砕いたところで入りきらないのは明白。

(腹をくくるしかない)

私は一心不乱に米を食べ始めた。普段は米は米だけで食べる派だが、今回に限ってはおかずと一緒に胃袋へ送りこむことにした。味わいつつも、時間との勝負になるからだ。

 

ふと視線をそらすと、見渡す限り白米とバターライスに囲まれており、こんな幸せな状況はいまだかつて体験したことがない。そして私の前後には肉や煮物がずらりと並んでいる。もはや圧巻という言葉しか出てこないシチュエーションである。

 

私の前後、とはどういうことか?・・言うまでもない、料理を床に並べて食べているのだ。テーブルになど収まりきらないほどの量ゆえ、梱包で使われていた新聞紙を床に敷き、私を中心に同心円状に料理を並べたのだ。

360度ご馳走に囲まれている私は、あっちこっち目移りしながら箸を進めた。どの料理も完璧に美味い。それぞれの作り手の個性が光っている。そしてそこには調理を通じて彼女たちの生き様が反映されている――。

 

目にうっすらと涙を浮かべながら、幸せな時を過ごす私。言わずもがな、体重は半日ごとに着々と増えていくのであった。

 

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