猥褻(わいせつ)物疑惑

 

(なぜ、わざわざ直してくれたんだろう・・)

納得のいかない部分もあるが、とはいえ開(はだ)けたカーディガンをしっかりと肩まで掛けてくれた女性に、軽く会釈をしながら「ありがとう」と呟くわたし——そう、ここは混雑する車内で、電車が池袋駅へ到着したところである。

 

 

外気32℃という暑さではあるが、カフェや電車の中などでは冷房が効いているため、タンクトップ一枚では寒い。そこで、ユニクロで購入した透かし編みのカーディガンを羽織って防寒対策を施しているわたしは、満員電車に揺られながら目的地へと向かっていた。

 

それにしても、ビジネスパーソンというのは大変・・というか息苦しい生き物である。われわれ自営業は、服装など気にすることなく仕事に取り組むことができるが、ビジネスパーソン殊に男性に限っては、お決まりのスーツに身を包み猛暑の中でも汗を垂らしながら働かされるのだから、もうそれだけで重労働に値するではないか。

服装の自由を奪われてまで、なぜ組織に属したいと思うのかは分からないが、とにかく電車や街中はそんな哀れな労働者で溢れかえっている。それに比べてわたしは、肌の露出が高いセクシーなタンクトップに、冷房直撃を防ぐべくカーディガンを羽織るという、この季節に相応しい服装で誰に縛られることなく自由に生きている——あぁ、なんて気楽なんだ!

 

来る駅来る駅、大量の乗客が降りたかと思えば同じ数の人間が乗り込んで来る車内は、常に乗車率200%を維持しており、当然ながらギュウギュウ詰めにされた乗客に自由はない。辛うじて、スマホをいじるくらいのスペースを確保するのが精いっぱいで、選択の余地なく他人と接触し続ける状況は、まさに「賭け」である。

周囲を”好ましい者”で固められればラッキーだが、そうでない場合は地獄となる。中でも、体臭を含む臭いのキツイ者に囲まれたりすると・・マジで地獄だ。ヒトという生き物は呼吸をしなければ死んでしまう。にもかかわらず、強制的に悪臭を吸わされるのだから死んだも同然の拷問といえるわけで。

 

そんな状況に耐えつつ、いよいよ目的地である池袋駅に到着したわたしは、降車客による大きな渦に身を委ねつつホームへと流されていった——とその時、急いで降りようとした女性の体とわたしの右肩とが接触し、その弾みでカーディガンがずるりと脱げてしまったのだ。

今まで、黒いカーディガンで覆われていた肩と二の腕が急に露わになったことで、わたしの右サイドにいた降車客らの目が一斉に右肩へと集中した。おまけに「片方の肩だけが出ている」というエロティックかつ艶めかしい姿に驚いたからか、降車客らの足が止まってしまったのだ。

さらに驚くことに、わたしと接触した女性がわざわざ戻って来て、カーディガンを掛け直してくれたではないか。なぜ、そんな親切なことをしてくれるのだろうか——。

 

この謎の現象について、周囲の者に確認していないので真意は不明だが、とにかくわたしの右肩から上腕二頭筋が露わになった瞬間、降車客らの足が止まり視線が集中したのは事実。

おまけに、たとえば「乳房が露わになった」とかであれば、急いで隠す理由も必要性もあるが、わたしが露わにしたのは肩と二の腕であり、そんなにも急いで隠すほどの卑猥な代物ではない。

(え・・もしかして、この筋肉に問題があったのか?)

 

今となっては確認のしようがないことと、尋ねたところで本音を話すとも限らないことからも、あくまで想像上の結論となってしまうのだが、わたしの肩および上腕の筋肉がある種の「わいせつ物」に認定されたのではなかろうか。

わいせつ物とは「いたずらに性欲を興奮または刺激させ、普通人の性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」とされている。ということは、わたしの肩や腕がいたずらに性欲を刺激した——とでもいうのか?!

 

 

どうも腑に落ちないまま、改札を後にしたのである。