第6回トリプレッタカップ、震える審査員

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(・・しまった、今さら気づいてしまうなんて)

 

日本における、ローカル発の"ナポリピッツァ大会”として草分け的存在である、第6回トリプレッタカップの審査員として、ありがたいことに今回も招集されたわたし。

しかも今回は、今までの常連であったピッツァフリッタ部門から、正統派であるマルゲリータ部門へ鞍替えすることとなり、シンプルかつ一番人気のピッツァをジャッジをするということで、身の引き締まる思いに駆られていた。

 

そんな、「ピッツァといえばマルゲリータ」と言われるほどの認知度を誇るマルゲリータは、”ピッツァの王様”とも称され支持されている。ところが、この「マルゲリータ」という名称は、19世紀末に実在したイタリア王妃・マルゲリータ・ディ・サヴォイアが由来——つまり、王様ではなく”王妃様”だったのだ。

名前の由来は諸説あるが、最も有力な説は「ナポリを訪れたマルゲリータ王妃へ献上するべく、ピザ職人ラファエレ・エスポジトが特別なピッツァを3枚用意した。そのうちの一つが、イタリア国旗を食材で表現したもので、赤はトマト、白はモッツァレラチーズ、緑はバジルでできており、このピッツァをとても気に入った王妃にちなんで、エスポジトは『マルゲリータ』と名付けた」というものだ。

 

だが、歴史研究家たちによると「マルゲリータという名前のピッツァは、王妃のナポリ訪問前から存在していた」とか、「王妃がナポリを訪れたことは事実だが、その際にピッツァを食べたという直接的な記録は見つかっていない」など、”王妃の名前説”を否定する声もあるのだそう。

とはいえ、この伝説的な一枚がピッツァ界を代表する逸品であるのは間違いなく、老若男女問わず世界中で愛されているのである。

 

——そしてわたしは、33人のピッツァ・イオーロ(ピザ職人)たちの手際を観察したりプレゼンに耳を傾けたりしながら、33枚のマルゲリータに舌鼓を打ち・・いや、慎重に味や食感を確かめながら採点を行っていた。

審査員は、スコアシートに記載された審査項目を10段階で評価するのだが、やはり「作り手の想い」を聞いてしまうと情が生まれるもの。どうしても甘い数字をつけたくなるのが、意志の弱さというかジャッジに不向きな性格なのかもしれない。

そんなことを思いながらも、明らかに美味い(上手い)マルゲリータに対しては最大限の敬意と惜しみない賞賛を送り、対する未熟な作品には将来への期待を込めてエールとなる数字へマルをつけて・・・ん?

 

競技が中盤に差し掛かった頃、わたしはとんでもない事実を発見した。それは、スコアシートに書かれた「基準点は5点」という特記事項だった。

 

(いやいや待ってくれ・・今までつけた最低点は7点だが、もしも基準が5点だとするとあの7点は3点くらいになる。となると、わたしはどれだけ甘々な評価をつけてきたんだ)

後悔したところで時すでに遅し。すでに提出済みのスコアシートは、回収することも修正することもできない。とはいえ、基準点の存在を知ってしまった今、これから登場するピッツァや選手に対して基準点を無視した点数はつけられない。かといって、ここへきて急に採点基準が変わってしまえば、前半の選手に申し訳が立たないどころか審査の公平性が保たれないわけで、ここは意地でも今までのテンションで数字を選ばなければならない。しかしながら、基準を知りながらそれを逸脱した評価をつけることへの背徳感は相当なもの——あぁ、これからの後半戦をわたしはどう戦えばいいんだ。

 

選手たちの未来を左右するやもしれぬ重要な任務を担うプレッシャーを背負いつつ、基準点の存在を見落とす・・という審査員としてあるまじき凡ミスをやらかしたわたしは、次々と目の前に置かれるマルゲリータを口へ運びながらも葛藤を続けた。

言うまでもなく、選手たちは全力で戦っている——現に、ピザカッターを握る手が震えるあまり、上手く切り分けられずに苦戦する者がいる。それを審査員へ手渡す際も、ややもすれば落としてしまいそうなほど激しくわなないており、いかに真剣かつ必死なのかが伝わってくる。

 

そんな選手たちとは裏腹に、審査員たるわたしの手も微かに震えていた。

嘘をつくことに躊躇も罪悪感もないが、真実を曲げてまで嘘をつくほど落ちぶれてはいない・・そう自負するわたしは、基準点が5点だと知ってしまってからの審査がおぼつかない。

ちなみに、わたしの手が震えているのは緊張による生理的振戦ではなく、「5」か「8」かの選択に迷うあまりペン先が定まらずプルプルしているためだ。いかんせん、前半は8を基準点として審査してきたにもかかわらず、実際のところは5が平均値だったわけで、この乖離をどう受け止めたらいいのか、気持ちがまとまらないのである。

 

そうこうするうちに、次の選手のスタートが告げられた——ダメだ、間に合わない。

 

 

このように、選手のみならず審査員も震えながら挑んだ、第6回トリプレッタカップなのであった。

 

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