ハンプティダンプティ、見事なバックロール(肩抜き後転)を披露。

Pocket

 

(あぁ、本当に運動神経よかったんだな・・)

わたしは、ハンプティダンプティのように丸く醜い相方を見下ろしながら、かつて彼が全国レベルのサッカー選手だったことを、今さらながら信じてみるのであった。

 

 

相方と出会った十年前の時点で、彼はすでに太っていた。とはいえ、その当時はまだ「ガタイがいい」という逃げセリフが辛うじて通用する太り方だったが、「サッカーやってた頃は60キロくらいだった」と大ほらを吹くので、その辺りの運動歴は信用しないことにしていた。

なんせ、全国高校サッカー選手権大会のパネルを見せられて「ほら、ちゃんと写ってるでしょ?」と言われたが、そこに並んでいる選手の中に相方は見当たらなかった。こいつは頭がどうかしてるんじゃないか——と疑っていたところ、「これだよ。ほら、俺じゃん」といって、不愛想な顔をした細身の男子を指さすではないか。いやいや、どこにもあんたの面影はないし、誰だよこの男子生徒は——。

 

おまけに”足も速かった“と言い張り、陸上部に駆り出されたとか20キロならダッシュできたとか、よくぞまぁそんなウソをつけるな・・と感心してしまうほどの、身体能力自慢をするから驚きだ。相方は自身の姿を見たことがないのだろうか? 寝そべればトドにしか見えないそのフォルムで、しかも前十字靭帯の9割を断裂している膝で、どうやったら“足が速かった“という事実を信じられるというのか。

とはいえ、クレー射撃のトップ選手であることは認める。今年、全日本選手権12回目の優勝を決めた彼は、見た目はただの食いしん坊(デブ)だが射撃のセンスは抜群にある。しかしながら、クレー射撃はほとんど動かない競技なので、スポーツというより文化部なのでは・・という疑念が晴れないわけだが。

 

そんなハンプティダンプティは、案の定、血圧が高すぎて国スポ(旧・国体)出場の際に黄信号が灯った。・・当たり前である。こんな大デブの高血圧がアスリートだなんて、誰が認めるか。

それよりなにより、国スポ出場のためだけでなく彼自身の健康維持のためにも、ダイエットが必須であることは火を見るよりも明らか。にもかかわらず、「前十時靭帯がないから走れない」「近くにプールがないから泳げない」「自転車をこぐとか同じことを繰り返すのは嫌だ」「筋トレはもうやりたくない」などと、ことごとく運動を嫌った結果、見事な卵型のハンプティダンプティが完成したのである。

これで糖尿病や心臓病を患ったとしても、完全に自業自得。それはそれで構わないが、とりあえず見た目の恥ずかしさを改善するべく、問答無用でブラジリアン柔術を始めさせたわけだ。

 

前から見ても横から見ても、同じくらいポーンと膨らんだ腹が邪魔をして、回転運動すらまともにできない相方を、わたしは心底「恥ずかしい」と思った。こいつのどこに、サッカーやら陸上やらダンスやらスキーやらの面影があるというのか——。

それでも、続けているとできるようになるのが柔術の素晴らしい・・というか、不思議なところである。「絶対に無理だ!」という動きですら、できないなりに繰り返すうちに、いつしかできるようになるから本当に不思議。

そして今、目の前でバックロール(肩抜き後転)をするハンプティダンプティを見て、わたしは驚いた——アレ、回転運動できなかったはずじゃ。

 

むしろわたしよりも見事な後転を披露する相方を見て、一瞬ギョッとした。続いて、テクニカルスタンダップ(柔術立ち)をやらせてみると、後ろへ引く足の角度と開きが完璧にできているではないか。これは一体、どういうことだ——?

月に何回か、栃木県北部からわざわざトライフォース赤坂までやってくる彼だが、さすがに練習頻度が少なすぎて、一向に柔術のムーブが身につかなかった。まぁ「柔術が上手くなりたい」という気持ちは持っていないから、とりあえずマット運動とガードポジションくらいできるようになれば、スパーリングに参加できるだろう・・と、その辺りまでなんとか引き上げるべく基本ムーブを叩き込んできた。

しかしながら、いかんせん鈍臭い動きしかできない相方に「太りすぎているからできないんだよ!」と、毎度毎度わたしは激怒していた。ところが今日、ゆっくりではあるがマット運動がきちんとできるようになっていたのだ。しかも、明らかに正しい動きで——。

 

わたしは全身の関節と筋肉が硬いので、スムーズでしなやかな動きはできない。そのため、ドタバタとしたみっともない動作になってしまうのが悩みのタネだった。無論、柔術を始めた頃から比べると可動域も多少は広がったが、未だにできない動きは多々あり、柔術・・というかスポーツに不向きなフィジカルを恨んでいた。

それに比べて相方は、明らかに太りすぎた肥満体ではあるが、運動神経や身体能力は紛れもなく本物なのだろう。動作の端々にその片鱗を確認することができるわけで。

 

そうアタシは半人前ブサイクただ凡人、転生さえ願った業人——という歌詞を、まったく関係ないのだがふと思い出した。いつだって、努力より才能が上回るのがこの世の常なのだ。

とはいえ、他人の能力を羨んだところで何も変わらないので、わたしはわたしでボチボチ歩いて行くしかない。そして、相方にはあと20キロ痩せてもらう必要があるので、この調子でゴロゴロ転がりつつハンプティダンプティからの脱却を目指してもらおう。

 

llustrated by おおとりのぞみ

Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です