殺戮の女神・URABE、降臨。

わたしは今日、殺戮（さつりく）の女神と化した。それはもう数え切れないほどの命を奪ったわけで、没後の地獄行きが確定したに違いない。そして、そんな極悪非道な行いに対する天罰が下ったのだろうか、先ほどから気分がすぐれないのである。

（しまった・・わたし自身が駆除されたか）

そう、わたしは自宅で大量発生したチャタテムシを全滅させるべく、「アース　イヤな虫ゼロデナイト」を購入し噴射したのだ。そして、あまりに上方にまで噴射し続けたため、パラパラと舞い降りてきた殺虫成分を無意識に吸い込んだことで、なんとなく気分が悪くなったのである。

事の発端は数日前、賢い友人にチャタテムシの駆除について相談をしたときのこと。

「バルサンみたいな燻煙剤を焚くのがいいみたいなんだけど、布団やソファを何かで覆ったり、火災報知器にカバーをつけたりしないといけないから、現実的に不可能なんだよね」

すると友人は、

「だったら（チャタテムシと）共存するしかないんじゃないの？」

と、あっさり跳ね除けたのだ。こちらは真剣に悩んでいるというのに、なんという他人事の返答だ・・ふざけるな！

「なら、ペットショップでタランチュラとかイグアナとか買ってきて、放し飼いにすればいいんじゃないの？パクパク食べてくれるでしょ」

・・どう考えても非現実的かつ適当なアイディアしか出てこないため、これ以上相談することを諦めたわたしは、その場で「噴射式の殺虫剤」を検索しクリックしたのである。

そして今日、届いたばかりの殺虫剤を握りしめたはいいが、幸か不幸かあの白い1mm程度の物体はどこにも見当たらないのだ。

（そんなはずはない・・落ち着いて探せば見つかるはず）

その後も、ベッドの下やトイレの壁などチャタテムシが潜んでいそうなところを隈なく調べるも、あの小さな白い点を見つけることはできなかった。まさか、チャタテムシは梅雨時に出現して夏には消える・・という噂通りの結末なのか——と、安堵と落胆が入り混じった不思議な気持ちになったが、とはいえわざわざ殺虫剤を購入したのだから、使わない手はない。

——よし、至る所にぶち撒いてやろう。

こうしてわたしは、過去にチャタテムシを発見した場所を中心に、ありとあらゆるところへ＂イヤな虫　ゼロデナイト＂を噴射したのである。この殺虫剤の素晴らしいところは、「事前準備・掃除不要」と、「一度で一年効く！」ということだ。

今回の殺戮で向こう一年の安寧秩序が保たれるのならば、こんなありがたい話はない。チャタテムシにこれといって恨みがあるわけではないが、それでもチロチロと動く白い小さな点に恐怖を覚えるわたしは、一日でも早く安心して在宅できることを望んでいるのである。

そして、事前準備も掃除も不要ということで、わたしはベッドやピアノの裏に溜まったホコリに向かって、ゼロデナイトを勢いよく吹きつけてやった。

（おぉ、ホコリも一緒にどかしてくれるのか）

使い方としては間違っているのかもしれないが、噴射の勢いでホコリもきれいに吹っ飛ぶので、わたしにとっては一石二鳥の駆除作業となった。

（次は、本棚だな・・）

チャタテムシといえば「本シラミ」や「湿気虫」の異名をとり、ジメジメした暗いところや古本に発生することで知られている。そのため、わが家の本棚に陳列されている＂二度と読まないお飾りの文庫本＂に、ゼロデナイトを噴射する必要があるのだ。

そこでわたしは、張り切ってプッシュボタンを押した。勢いよく吹き出るブロフラニリド（有効成分）が、ものすごい殺虫効果を発揮しているように感じる。——よし、これで一網打尽間違いなし！

ところが、誇らしげに文庫本のオブジェを眺めるわたしの頭上から、なにやらパラパラとエアロゾルが降りかかってきた——まさか、祝福の霧か？

そんなはずはない。数秒前に力強く噴射した、ブロフラニリドがわたしに降り注いでいるのだ！

その光景は、あたかも女神が天から祝福を受けているようだった（イメージ）。だが実際には、大量の小昆虫を殺したホロコーストの主犯である、わたしを懲らしめるための罰なのでは・・と思うのだ。