(どうすれば最悪の手前で折り返せるんだろうか・・)
先週の金曜日、喉にわずかな違和感を覚えたわたしは、さっそく常備してあるステロイド吸入薬に手を伸ばした。この感じは間違いなく、咳喘息への第一歩だからだ——。
毎年二月の終わりから三月にかけて、息を吸わせないほどの強烈な空咳に襲われるわたし。これはもはや季節的な症状であり、この時期に喉の違和感が来れば、それはもう間違いなく咳喘息へと繋がることが確定しているのだ。
「早めにステロイドを吸っておいてもいいよ」
かかりつけ医の助言もあり、今年は「症状が現れたかな?」という初期段階で吸ってやろう・・と待ち構えていたわたしは、今までの人生において最速で吸入することに成功した。
そうすることで、もしも咳の頂点を迎える前に収束できたならば、来年以降も同様に「早め早めのステロイド」を心がけようと思ったからだ。
こうして、喉の違和感だけでステロイドを吸い続けたわたしだが、今週に入ると"待ってました"とばかりに空咳が出始めた。そして徐々に回数が増え、夜も眠れないほどにむせ込むようになった。
(よし、きたか。そして早めに手を打った今回は、あの「気道が塞がるような苦しみ」を回避できるだろうか・・)
"咳が出る"ということは、"咳を止めればいい"ということではない。なぜなら、咳が出るには理由があり、その根本的な原因を改善(治療)しなければ、咳を止めたところで意味がないからだ。
しかも最悪の場合、無理に咳だけを止めようとした結果、命を落としかねない危険すらあるわけで。
咳喘息の場合、咳中枢に働きかける薬が効かないことが特徴。なぜなら、なんらかのアレルゲン(?)の影響で気道の表面が腫れあがり、過敏になっていることで咳を誘発しているからだ。そのため、気道の炎症を抑えることと気管支を拡張することとで、少しでも咳の発作をコントロールするべく、吸入ステロイドと気管支拡張剤の合剤を吸入するのである。
だからこそ、気道の炎症がおさまらない限りは咳が出続けることとなるのだが、むしろ咳よりも、気道狭窄による呼吸困難のほうが恐ろしい。呼吸ができなければ、人間は死ぬのだから——。
そんなこんなで、命を繋ぐべく吸入薬を常備しているわたしは、今回はいつもより数日早く、咳が出る前にステロイドの摂取を開始したのである。
——この対応の早さが奏功してくれればいいのだが。
*
ソファで昼寝をしていたわたしは、気道が貼りつくような恐怖に目を覚ました。そして、テーブルに置いてある「おーいお茶」へ手を伸ばそうとした瞬間、「間に合わない!」と脳内で叫ぶと同時にむせ込んだ。
むせる・・というより吐く勢いだ。喉がペッタリと貼りつき、空気すらも入る余地を与えず、まるで真空状態のホースのように無惨にも潰れている感覚。
その苦しさは筆舌に尽くしがたい。もう観念するしかない・・という表現がぴったりで、涙と鼻水がとめどなく流れ出るのだから。そして嘔吐するかのような勢いで、気道あるいは咽頭部が収縮するとともに、「オエッ」という空咳を一つするとおさまる。
だがまたすぐに、第二段の波が押し寄せてくるので、しばらくこの恐怖体験から逃れることはできないのである。
よく、校庭の草花へ水をやるときに、ホースの先端を指先で押しつぶして水圧を上げることがあるが、まさにあんな感じで気道がペッタリとつぶされるのだ。だからこそ、「もしも戻らなかったら・・」などと最悪の事態を想像すると、恐怖で体がガタガタと震えるのだ。
そして同時に、目からはボロボロと涙がこぼれ鼻からは鼻水が大量に流れ出るわけで、もう二度とこんな苦しい思いはしたくない・・と、すがる思いで祈るのであった。
*
(・・結局ダメだったか)
今回は、症状というか違和感を察知した瞬間に吸入を開始したわけだが、それでもやはり「最悪の頂点」まで達してしまった。つまり、どれだけ早く治療を開始しても、この恐ろしい咳地獄からは逃れられない・・というのが答えなのだろう。
それにしてもなぜ、必ず頂点まで達しなければ折り返してくれないのだろうか。その手前で折り返すことはできないのだろうか——。
これこそが、今後わたしが解明すべき研究課題である。
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