もし試合中に強烈なめまいと吐き気に襲われたら

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柔術のスパーリング中。

マットの上で寝っ転がっていると、急に天地がひっくり返った。

 

私は寝っ転がりながら、スパイダーガード(足で相手の肘の内側を蹴るガード)で相手の腕をパンパンに張っていた。

 

すると、急に頭の中がグワングワンと回り始めた。

まるで海でおぼれている感覚だった。

 

(ヤバイ、どっちが上かわからない)

 

マットに背中をつけて寝ているんだから、天井方向を向いているに決まっているのだが、目の前の相手がどこにいるのかわからなくなるほど目が回ってしまったのだ。

 

このよくわからない状況に、私は静かに目を閉じた。

目を閉じながらも、スパイダーガードは張り続けた。

 

しばらくすると、すさまじい吐き気が襲ってきた。

それでも、スパイダーガードは張り続けた。

 

(白帯男子にスパイダーガードを切られてたまるか)

 

その一心で、必死にスパイダーガードを張り続けた。

 

しばらくすると、グワングワンと荒波で溺れていた私は、水中から顔を出すことに成功した。

 

ーー助かった

 

なんだかよくわからないが、そのまま体勢を整えスパーリングを続行した。

 

 

しかし、やっぱり何か変だった。

今度は私が上から攻めようと立ち上がり、下を向いた途端にまた激流に襲われた。

 

マットに寝ころんでいた先ほどと違い、二本の足という不安定な状態で立っていた私は、あえなく撃沈した。

つまり、マットに転倒したのだ。

 

転んでもなお、自分がどの方向を向いているのか、どういう状態なのか分からない。

例えるなら、脳内が派手にシェイクされている感じ。

 

もはや気分は、荒波にのまれ溺れかけた瀕死のサーファーだった。

 

さすがに命の危険(?)を感じた私は、スパーリングを中断した。

すみっこで体育座りで休憩していると、脳内シェイクは収まった。

 

(なんなんだこれは)

 

真っすぐ前を向いていると平気だ。

そのまま水平に首を動かしても平気だ。

 

ただ、顔を下もしくは上に向けると、とんでもない脳内シェイクが始まる。

 

(この上下の角度に原因があるんだな)

 

そう思った私は、顔の角度を変えないままスパーリングに挑戦した。

 

顔の角度は、上半身と顔の正面が同じ方向を向いていれば問題ない。

つまりスパーリングで下から攻める時も、ヘタに顔を動かさず、上半身の延長に正面を向いた顔がある意識を強くもつことで、荒波を回避できた。

 

そのまま相手をスイープ(転ばせること)し、今度は私が上になった。

 

ここからが問題だ。

上になる=下にいる相手を見るため、どうしても顔を下に向ける必要がある。

これをすると荒波が押し寄せるため、何が何でも下を向かないように攻めなければならない。

 

私は考えた。

そして良い方法を思いついた。

 

ーー土砂崩れのように相手を抑え込もう

 

顔と上半身の向きは変えず、足元から崩れ落ちつつサイドポジション(横四方固め)をキープするのだ。

そして私は、ニーオンベリー(自分の片膝を相手の腹部に突き刺す状態)から、マットへ向かってタイミングよく滑り落ちた。

 

ズザザザッ

 

うまいこと、土砂崩れを再現できた。

上体は斜めになりながらも、顔との向きはキープしていた。

一見、成功したかのようにみえたこの土砂崩れ作戦、すぐさま濁流が襲ってきた。

 

(横になるのもダメだったか!)

 

たしかに、体の正面と顔の正面は一致しているが、体全体が横になっていたため、脳内シェイクが始まってしまったのだ。

 

私はすぐさま目を閉じた。

目を閉じるとシェイクが止まる。

止まっているうちに、なんとか極めなければ。

 

この体勢から可能な最短の極め技は、アームトライアングルチョーク(肩固め)。

これしかない、と狙いにいったところでタイマーが鳴った。

 

もうあと10秒あれば、間に合っただろう。

あそこまで行けば目を閉じていてもどうにかなる。

 

 

もし試合中、この強烈なめまいと吐き気が襲ってきたとしても、なんとか乗り切る術を確認した私はホッとした。

そしてすぐさま、救急病院へと運ばれていった。

 

 

Illustrated by おおとりのぞみ

 

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