私の住むマンションは、明日の9時から17時まで断水となる。理由は、建物に設置されている増圧給水ポンプの交換のためらしい。
そして水道やシャワーのみならず、トイレまでもが使えないとのこと。これでは家にいる意味がない。
「コンビニのトイレを借りればいい」
たしかにその通りだ。しかしコンビニやスタバに行く前に、それなりの身支度をする必要がある。たとえば顔を洗ったり、歯を磨いたり、コンタクトレンズを入れたり。
そしてこれらの準備には水が必要となる。ということは、断水前に身支度を整えなければならず、朝9時前にバッチリ準備をするくらいなら、いっそのことホテルにでも泊まった方が、ゆっくり朝寝坊できるのではないか――。
そう考えた私は早速ホテルを検索した。翌日の仕事に便利な場所、ということで南阿佐ヶ谷のルートインを予約。前日だからかコロナだからか、5千円でお釣りがくるほどのお手頃価格で宿泊できるとあり、なんだか得をした気分である。
本当は、もう一つのさらに安いホテルとで迷っていた。だが利用者の声を見ると、安いホテルは「安いなりの評価」が並んでおり、どうせ千円の違いならば高評価のホテルにしよう、ということでこちらに決めたのだ。
しかし今どき都内で、4千円台でまともなホテルに泊まれるとは驚きである。もう一つのホテルなど一泊3千円だったわけで、ネットカフェやカラオケよりも安い。
仮に一泊5千円としても一か月で15万円。マンションの家賃を下回る。それでいて毎日掃除が入り、洗濯を除く通信光熱費はタダ。なんなら朝食まで付いており、私の場合はホテル暮らしのほうが明らかに出費を抑えられるわけだ。
都内在住でありながら、都内のホテルに泊まる――。そんな贅沢なワーケーションを実現するには、ホテル代と同等の金額を捻出する必要がある。
(5千円ということは、とりあえず晩飯代を浮かせよう。朝飯はついてるから2食浮くことになる)
そう考えた私は、通りがかりの食パン専門店で2斤の食パンを購入。これさえあれば晩飯は不要。ちょうど枕として使えそうな大きさの食パンを抱えると、さっそく丸ノ内線に乗って南阿佐ヶ谷へと向かった。
駅を出ると、飲み物と菓子を調達しなければならないことに気付く。ホテル内の飲食物は値段が高いため、事前にコンビニで買っていくのが常識だからだ。
そこで目の前のセブンに入ると、水や麦茶、アイス、ばかうけ、ベビースターラーメンにピーナッツが入った菓子などを買い漁った。いずれも100円から200円程度なので、レジ袋一杯に買ったとしてもノーダメージ。
(これは最高のワーケーションになるな)
一泊とはいえ、ホテルに籠り仕事ができるとは最高の環境である。朝10時にチェックアウトというのがやや早いが、まぁそのくらいは大目に見てやろう。
セブンイレブンを出ると、近くにあるドトールコーヒーに入った。仕事といえばコーヒーが必需品。ワーケーションを充実させるためにも、ドリップやラテなど4種類のコーヒーを購入すると店を出た。
駅から徒歩2分でホテルに到着。チェックインを済ませるとさっそく部屋へと向かう。シングルベッドが置かれたごく普通の狭い部屋だが、自宅ではない環境になぜかテンションが上がる。
さらに大きなテレビが設置されており、BSやWOWOW、おまけに映画鑑賞までできる。とはいえ本日は、井上尚弥とドネアの王座統一戦が行われるわけで、アマプラも見なければならない。
仕事もしつつ、テレビもチェックしつつと大忙しである。
素早く部屋着に着替えるとパソコンを開き、まずはアマプラをセット。念のためテレビもつけると、BGM代わりに洋画を流し始めた。
そして「腹が減っては仕事ができぬ」ということで、ぱん士郎手塚山 広尾店の食パンを貪り食いつつ、コーヒーを流し込む。
(・・・パーフェクトだ)
これこそが、いま流行りのワーケーションの醍醐味だろう。狭くも快適なホテルに籠り、誰にも邪魔されずにパンをちぎりながらパソコンにかじりつく。リラックスの中にも漲るやる気を感じられるとは、まさに最高のシチュエーションである。
そして気がつくと、深夜0時を過ぎていた。
ホテルに到着してから5時間半。私はいったい何をしていたのだろう。ボクシングを観て、洋画を観て、パンを食べて、コーヒーを飲んで、菓子を食べて、横になって、再びテレビを観て…。
仕事もせずダラダラと時間を過ごしただけではないか。なにがワーケーションだ、これでは単なるバケーションだ。
とはいえ明日は朝食が食べられる。そうだ、明日から頑張ろう。
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