わたしには懇意にしている美容師が三人いる。というか、職業が美容師である友人が三人いるため、近況報告やおしゃべりをするべくそれぞれのヘアサロンを巡回するのが習慣となっている。
こちらとしては、馴染みのカフェやレストランを訪れるくらいの感覚なのだが、美容師側としてはどうなんだろうか——ふとそんなことを思ったわたしは、15年来の付き合いである友人の美容師に、「前回と違う色や髪型でやってくる客(わたし)を、どう思うか」について尋ねてみた。
そもそも彼は、性格上あまり固執したり執着したりしないタイプ・・いや、それを表に出さないだけかもしれないが、とはいえ単純(シンプル)な思考の持ち主なので、あまり気にしていないだろうと思っていた。すると案の定、
「とくに何も思わないよ。カットの仕方やデザインを見れば俺がやってないことは分かるから、あぁ他で切ったんだな・・くらいで」
と、教えてくれた。
伸びきってボサボサの髪形を見て、それでも自分がやってないことは一目瞭然というのがさすがはプロ。そして、見れば分かる「他でカットした痕跡」について触れるわけでもなく、今日これからの髪形について笑顔で提案するのだから、なんというか・・複雑な心境だろう。
だが、こんなことも付け加えた。
「昔は・・まだ若い頃でお客さんも少ないときは、『なんで俺のところへ来てくれないんだよ!』とか思っちゃうこともあったけど、今はなんとも思わない。来てくれたら『ありがとう!』で、最高の髪形にしてあげようって考えるだけで」
実際のところ、これが真の本音だろう。当たり前だが、誰だってできれば自分のところへ来てほしいはず。それが友人関係であれ仕事の関係であれ、二択で他人や他社を選ばれていい気持ちになるわけがない。
しかしながら、選ぶのは自分ではなく相手——すなわち顧客の自由であり、それを制限したり嫉妬したりするのは、ビジネスとしては逆効果。だからこそ、自分の元へ来てくれたら笑顔で出迎えて、他で浮気をした痕跡があっても見て見ぬふりをする・・そんな感じなのだろう。
たしかに、思い返してみると友人三人は誰一人として、直前でカットした美容師の髪形について言及したことがない。わたしも、変に角が立たないように「自分には美容師をしている友人が複数人いて、定期的に彼ら彼女らの元を訪れている」という事実をあらかじめ仄(ほの)めかしているので、そういう環境であることはそもそも理解してくれている。
そして、美容師同士が互いに知り合い関係にある者もいるので、そんな時は互いの近況をわたしを介して知る・・というような、伝書鳩的な役割を果たしている。
まぁ、内心どう思っているのかは本人たちにしか分からないことではあるが、とはいえわたしとしても「誰か一人に固定して、そのヒト以外には髪を切ってもらわない」という選択肢をとるのは難しい。
なぜなら全員が友達であり、カット技術に関しても彼ら彼女らの良さや特徴があるわけで、それを一人に決め込むというのは残念であり愚かな行為だからだ。
よくある例えだが、「普段は和食派でも、たまにはイタリアンや中華料理を食べたい時もある」のと同じで、その時の気分や状況によって迷ってしまうくらいの、腕利きの美容師が三人もいる・・というのは、この上なく贅沢かつ幸せなことである。
だからこそ、三人とも大事な存在であり心から感謝している。
そして、必ず笑顔で出迎え送り出してくれる友人らの心は広く、だからこそ「また来よう」と思えるわけで——。
自身の仕事に置き換えてみれば分かるが、たとえスポットの依頼でも丁寧かつ完璧に遂行しようと心がけるのは、その先を見据えて・・というより「一瞬の積み重ねが人生の一部になる」という考えがあるからだ。
今を満足できずにそれ以上の未来などありえない。顧客のためというのは、すなわち自分自身のためでもある。
殊に、大勢の顧客を抱える美容師など、一人一人に嫉妬していたのでは仕事にならないどころか、メンタルが持たないだろう。だからこそ、自分の元へ来てくれた顧客との時間を最高のものにすることで、彼ら彼女らの実力を示しているのである。
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わたしの友人は皆素晴らしい人格者が揃っている。そして、職業における技術やキャリアも実に立派で信頼に値するものばかり。
そんな、わたしには勿体ないくらいの人々に囲まれているわたしが、一番ラッキーで幸せ者なのかもしれない。










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