エコノミークラスというちょっとした保護房

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自慢の友人の一人に、8年の刑務所生活を送った強者がいる。若気の至りによる悪事の数々についてそれ相応の罰を受けたわけだが、しっかりと懲役を済ませており今ではまっとうな社会人として貢献している。

そんなことよりも、むしろわたしは刑務所での生活に興味津々だった。なんせ、どれほど努力しても入所困難な・・いわゆる超難関校と同じだからだ。犯罪を行い逮捕・起訴され、裁判で有罪かつ実刑が確定した場合に、ようやく刑務所へ入所することとなる。ここまでの勇気と覚悟は、まともなニンゲンにはなかなかのハードルとなるわけで——。

このような事情からも、身近に刑務所生活しかも長期間の入所を経験した者は少ない。ところが、わたしにはその貴重な経験者がいるのだから、内部の様子を追求しない手はない・・ということで、まるで自分が刑務所暮らしをしているかのように、友人の懲役生活について目を輝かせて聞き入るのであった。

 

そして今回、アメリカへ向かう長距離フライトの際に、刑務所の友人に感謝する出来事があった。——これは本当に、目から鱗が落ちるほどの感動と驚きである。いやマジで、これは大発見だ!!!

 

 

エコノミークラスの悩みといえば、シートの狭さとリクライニングの浅さだろう。わたしが成長したからなのか、座席の幅が狭くなったからなのかは不明だが、テーブルにうつ伏せて寝ようとすると、頭が前の座席の背もたれにぶつかってしまい、それ以上下を向くことは不可能だった。

(クソッ、結局ケツも腰も背中も痛いままか・・・)

ちなみに、首については頸椎カラーを巻くことで、どれほどの長時間フライトであっても快適に過ごすことができる。その辺で売っているネックピローなど、逆に頚椎に負担をかけるだけだから、速攻で捨ててもらいたい・・ということで、身体に負担の少ない状態を維持することが、飛行機に乗る際の課題となるわけだ。

 

ところが、睡眠姿勢というのはベストなポジションを編み出すことが難しい。加えて、隣の乗客との距離や関係性もあるので、満席の機内で快適に寝るのは至難の業といえる。そんな中でわたしは、身体の自由を奪われた状態でどうにかして眠ろうと、無駄な努力を繰り返していた。

(手が・・両腕が邪魔なんだよな。組むにしてもだらんと下げるにしても、どうも納まりが悪い)

体のポジションに加えて、両手の扱いに困っていたわたしは、ふと"刑務所の友人"の話を思い出した。

 

刑務所内で他と隔離するべき問題を起こした受刑者は、いったん保護房(室)へと収容される。さらに、暴れたり傷つけたりすることを防ぐために、拘束衣を着用しなければならず、その際のポーズが「手を前後で拘束する」というものだった。

なお、現在ではこの姿勢での拘束はされない模様。しかも当時は、数時間に一度、刑務官が左右の手を入れ替えてくれたようで、やはり無理な体勢をキープすることは体にとってよくないことなのだ。

 

だがわたしは、「どうせ今のままでも苦痛なんだから、保護房式を試す価値はある」と思い立ち、左手を背後へ回すと腰で挟み、そこへ体重を乗せて押さえつけてみた。残された右手はなんとなく太ももの上に置いて、しばらく様子をうかがった結果——いい、全然いいぞ!!

やや左向きの姿勢を維持することができて、かつ、両手の納まりがいいのでスッと眠りに就くことができた。そしてしばらくすると目が覚めるので、今度は右手を背後へ回して同様の姿勢を作り、右を向いて眠るのである。

この姿勢は、保護房での姿勢に似てはいるものの両手の自由が利くため、肩や腕が痛くなることはない。そのため、これまでは腕を組むか下ろしておくかの二択しかなかったところ、「腕を前後に入れ替える」という新たな選択肢が加わったことで、エコノミークラスという狭い空間におけるクオリティーが格段に上がったのだ。

 

——刑務所とは、もしかすると究極な合理性を追及した施設なのかもしれない。よって、反省すると同時に生きる上でのヒントも多く手に入れられるに違いない。

そんなことを思いながら、再び眠りにつくのであった。

 

Illustrated by 希鳳

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