101小節中3小節しか弾くことを許されなかったお調子者

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わたしには、ついつい調子に乗ってしまう悪い癖がある。それは大きな勘違いであり、井の中の蛙でもあるのだが、それに気がつかない愚かさは、もはやチャームポイントといってもいいだろう。

なんせ、先生を驚かせようと自信満々で挑んだピアノのレッスンだったにもかかわらず、たった3小節しか弾かせてもらえなかったのだから——。

 

 

二週間ぶりにレッスンへ向かったわたしは、珍しく高揚していた。なぜなら、先週のレッスンが休講だったため、普段よりも長い時間をかけて練習することができたからだ。

 

今回は新たな曲を2曲与えられていたので、譜読みに始まりテンポ練習やアナリーゼ、おまけに暗譜まで済ませた状態ということで、完全に有頂天だった。

(やばい、今回こそ先生を驚かせてしまうかもしれない・・)

なぜなら、YouTubeでピアニストによる解説動画を見まくったため、普段のわたしではあり得ないほど、芸術性に優れた演奏になっている「はず」だからだ。

 

ピアノの発表会が終わってから、わたしは来年に向けて一つの目標を掲げた。そのためには今から準備を始めなければならず、必然的に普段の練習への意欲も増していた。

このような理由から、勝手にハイテンションになっていたわたしは、レッスンでの一発合格を狙うべく、あの手この手を使ってせっせと練習に励んだのである。

(まぁミスはあるが、どうにかなるだろう)

ミスがあってどうにかなるほどピアノは甘くないのだが、調子に乗っている人間というのは地面から足が浮いているわけで、小さなことは気にしないマインドで意気揚々と先生のお宅を訪れたのだ。

 

久しぶりの対面だったため簡単な雑談を交わした後、いよいよ、この二週間の特訓の成果をお披露目する瞬間を迎えた。

まずはツェルニー(練習曲)を弾き始めたわたし。ところが、気持ちが高ぶっているからか、指のもつれに苦戦した。それでもなんとか弾き終えると、脇と額に汗を浮かべながら先生の言葉を待った。

(「あら、よく弾けてるじゃない」が出るか? それとも「二週間でここまで弾けるなんて、すごいじゃない」のほうか?!)

 

そして沈黙を破るように、先生は静かにこう言った。

「・・えっと、何から伝えたらいいかしらね。とりあえず最初から、左手を付点で弾いてみて」

意表を突く言葉に、思わず先生の顔を見上げたところ、目は笑っておらず口元だけが引きつるように上がっていたのだ。

(・・・・・・)

 

こうして、8小節のテンポ練習に15分を費やし、「残りも同じようにやっておいてね」と、切り捨てるようにして二曲目へと移らされたのである。

——大丈夫、こっちは万全の態勢で披露できる。なんせ、プロの解説動画を参考に練習を繰り返してきたのだから!

 

ゴクリと唾を飲み込むと、アウフタクトで始まる右手の「ド」に指を載せてそっと押した——その瞬間。

「ちょっと待って、それは違うわね」

なんと、一つ目の音でアウトとなってしまったのだ。まさかの「ド」の音一つで止められるとは、驚きを通り越して笑うしかない。

 

二曲目はショパンのノクターンで、その曲は決して楽しい感じでも軽やかな感じでもなかった。かといって重苦しいわけでもなく、例えるならば"もの悲しさを含んだ余韻を感じつつも、伸びのある音"で弾かなければならない(のだそう)。

それなのにわたしは・・わたしの「ド」の音は、あまりに活力みなぎる音だったのだ。「そんな元気な曲じゃないでしょ」と、嫌味のように呟く先生を横目に、「ド」の音を何回も何回も弾き直す時間が続いた。

 

そしてようやく、二つ目の音である左手の「ファ」に進むことができたわたしは、教育熱心な母親から解放された遊び盛りの子どものように、晴れ晴れとした気持ちで「ファ」を打鍵した。もちろん、慎重かつ丁寧に、ノクターンの雰囲気に合った音を出すべく——。

「んー、やっぱりちょっと待って」

案の定、先生に止められた。アウフタクトの「ド」が減衰する中に、うまく馴染む感じで「ファ」を入れろ・・とのこと。つまり、拍通りに弾いたのでは早すぎるし、かといって遅ければ"やり過ぎ"だし、ちょうどいい感じのところで「ファ」を弾かなければならないのだ。

 

こうして、「ド」と「ファ」で10分を費やしたわたしは、最終的に3小節しか弾くことができなかった。たった3小節で30分・・信じられないくらいに、期待外れの結果である。

そして心の底からこう思った——やはり、生身の演奏を先生に聴いてもらわなければ、真の音楽を作り上げることはできないのだ。

 

とどのつまりは"習い事の本質"みたいなものを、痛感させられる瞬間でもあった。

 

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