わたしは今日、生まれて初めて東京都障害者福祉会館の敷地へと足を踏み入れた。
じつはその昔、この近くに住んでいただけでなく、すぐそばのカフェでバイトをしていたこともあったのだが、用事もないのに会館内へ潜入することはできないため、敷地前の道を歩きながら「中はどうなっているんだろう」などと、ぼんやり考えていた過去を思い出す。
ちなみに、今日が日曜日ということもあってか、福祉会館内は多くの人で賑わっていた。
ちょうどわたしがエントランスに差し掛かった頃、視覚障害者のグループがウォーキングへ出掛けるタイミングだったらしく、みんなでワイワイ賑やかに話をしながら出かけて行った——なんか、活気があっていいな。
それにしても、「障害者」といえど様々なジャンルがあるため、見た目では健常者と区別がつかない場合がある。殊に、内臓の機能障害など身体内部の障害なわけで、外見では判断できない。
そしてわたしは、「視覚障害のある皆さんの前でピアノ演奏をする」というミッションをクリアするためにここへ来たわけで、そうなるとこの部屋にいる人たちは(手引きをする人を除いて)全員、なんらかの視覚障害があるはず。
ところが、わたしの右側に座っている無表情な女性はおそらく晴眼者——なぜなら、意思のある瞳でつまらなそうにこちらを向いていたからだ。
最初は「誰かの介助で来ているのかな?」と思ったが、近くにいる人とは会話をしておらず、一人でここへやって来た模様。
(誰かを待っているのかもしれないし、それこそ話しかけられるのが好きじゃない可能性もある。とりあえずそっとしておくか・・)
一度だけ目があったので軽く会釈をしようとしたところ、すぐさま目を反らされてしまった・・まぁ、照れ屋さんなんだということにしておこう。
そうこうするうちに、いよいよ演奏会が始まった。本日の会には「秋の音楽祭」というタイトルがついており、わたしの他に二人の演奏者がそれぞれ曲を披露したのだが、そのうちの一人は全盲の女の子だった。
か細い彼女の背中越しに演奏の様子を見守っていると、毎度毎度、打鍵の直前に指先で鍵盤の位置を確認してから押している——なるほど、この一瞬の「準備」こそが、柔らかな音を生む所以なのか。
両目が見えるわたしは、鍵盤の位置をその都度確認しないにせよ、視野の端っこで捉えながら次の音に向かって腕や指を伸ばしている。だからこそ、ダイレクトに勢い任せな打鍵をすることがある。いや、むしろそんなことばかりやっている気がする。
ところが彼女は、必ず鍵盤に触れてから指を落とすため、不用意な音を出すことがない。常に柔らかくて美しい音が出せる・・あぁ、だから辻井さんは、あんなにも美しい演奏をするのか。
全盲のピアニストといえば、辻井伸行さん。彼の演奏は音を聞いただけで分かるくらい、純真無垢で心を打つ美しい音色が特徴。
もちろん、彼自身の性格や生き様などが反映されている側面もあるだろうが、それよりなにより彼もまた鍵盤に触れてから打鍵するため、柔らかくて透明感のある澄んだ音が鳴るのである。
楽譜や鍵盤を見ることができない・・というだけでも相当なハードルだというのに、そこへ音楽性や世界観を乗っけてこの世へ放つ辻井さん——。
これはもはや、(想像を絶する努力があるのは言うまでもなく)神が与えし天賦の才であるとしか考えられない。
そんなことを思いながら、なんだかんだでわたしの出番となり、どうにか無事に全曲を弾き終えたところ、先ほどの「なんとなく不愛想な女性」が、おもむろに立ち上がると帽子をかぶり身支度を整え始めた。
(あぁ、ピアノを聴くためだけに来ていたんだ・・)
なんとなくその様子をうかがっていたわたしは、次の瞬間、思わず「あっ」と小さく叫んでしまった。なんと、彼女が手探りで白杖を探し始めたのだ。
座席の前のテーブルには小物を置くスペースがあり、そこには折り畳んだ白杖が置かれている。その位置を確認するべく、彼女は手をポンポン動かしながら白杖を探しているではないか。
さっきわたしは、「彼女の澄んだ瞳は、この世の景色を映し出している」と信じ込んでいた。生まれてこのかた、わが父をはじめ数え切れないほどの視覚障害者と触れ合ってきたが、彼女ほど晴眼者と同じ瞳を持った視覚障害者には、出会ったことがない。
(だから無表情だったのか・・見えていなかったから、目が合ってもニコリともしなかったんだ)
あの時、会釈したわたしを無視したのではなく、そもそもわたしの存在に気付いていなかったのだ。そして、最後までわたしの演奏を聴いてくれた彼女に対して、わたしはなんて酷い勘違いをしてしまったのか——。
ひとくくりに「視覚障害者」と言えど、両目の失明、片目の失明、弱視、視野狭窄、視野欠損など様々。そして、義眼のように明らかに人工的であればまだしも、見た目だけでは視覚障害であるかどうか判断できない人もたくさんいるはず。
少なくとも、今日この場にいるのは視覚障害者である確率がかなり高いはずなのに、それなのに酷い勘違いをしたわたしは最低な人間である。
(またいつか、彼女に会える機会があったならば・・今度こそ話しかけよう)
*
身勝手かつ浅はかな思い込みをした己を悔やむ、わたしなのであった。










コメントを残す