なぜ、「戦争が始まったら、真っ先に駆り出されるのはパン屋」なのか

 

日本におけるブーランジェ(パン職人、男性)の巨匠、といっても過言ではないだろう、ネモ・ベーカリー&カフェのシェフ根本孝幸氏と話をする機会に恵まれたわたしは、パンという食べ物がどれほど深くヒトと関わってきたのかを知った。

今までパンは、単に「美味しくていい匂いがして、幸せになれる食べもの」という認識だった。それはもちろん間違いではないし事実なのだが、そんな明るく楽しい”食卓の花”であるパンが、じつは戦場において兵士を支える唯一無二の存在だったという話を聞いて、わたしは思わず唸らされた。

 

「戦争が始まったら、真っ先に駆り出されるのが俺たちパン屋だよ」

格闘技に精通しており、モデルガンの扱いにも慣れている根本シェフとの会話で、突如こんな発言が飛び出した。それはつまり、彼ならば戦争に対する最低限の心得があるから、ということなのか——?などと思っていたところ、わたしはとんでもない歴史的事実を知ることとなった。

 

「兵士が食べるパンを、戦場で焼けるのは俺たちだから」

——なるほど、言われてみればそのとおりだ。

兵士らの主食であるパンは、当然ながら彼らの命の糧となる。今でこそ、車両タイプの移動式のベーカリーですぐさまパンを焼いたり移動したりできるが、その昔は地面を掘ったり現地の泥や石を積んだりして、即席で窯を作ってパンを焼いていたのだ。

戦争を続けるには食糧の確保が必須。なかでも、主食となるパンを提供できるのは・・しかも、できるだけ美味しいパンを作ることができるのは、当たり前だがパン職人である。

 

だからこそ、戦争が始まればパン職人が駆り出されるというわけだ。

 

その話の流れで、「軽くて持ち運びしやすいパンは兵糧食として優秀だが、日数が経つと硬くなってしまう。そんなカチコチのパンを、水やスープに浸して食べていた」ということから、パンが持つ可能性というかポテンシャルについて、シェフはこんなことも教えてくれた。

「一般的には”焼き立てのパンこそが美味い”と思われているけど、そんなこともない。たとえば、サンドイッチにするなら少し水分が飛んだ状態のほうがいいし、スープに浸して食べるなら乾燥した固いパンのほうがいい。料理や食べ方によって、適切なパンの状態がある」

 

たしかに、サンドイッチはトマトやレタス、ハム、卵といった水分を含んだ具材を挟むため、焼き立ての生地では水っぽい仕上がりとなってしまう。

さらに、リボリータ(トスカーナの煮込みスープ)やオニオングラタンスープに使われるパンは、時間が経って硬くなったパンだからこそしっかりスープを吸い上げて、より豊かな味わいを堪能させてくれるのだ。

逆に、これらの料理に焼き立てのパンを使ったところで、パンとしての美味さはあっても、料理としての美味さを引き出すことはできない——あぁ、なんと奥深い話なのだろうか!!

 

いずれにせよ、ゼロの状態から料理を作り出す技術を持っている「職人」は素晴らしい。

無論、パン職人に限らずすべての料理人がヒトの命を支えてくれるわけだが、中でも必要最低限とされる主食=パンを焼けるブーランジェ・ブーランジェールは、戦争のような非常事態であってもその腕を振るうことができるとあり、兵士にとっての命綱・・すなわち、その国の明暗を分ける存在といっても過言ではない。

 

命懸けの最前線から平和で豊かな食卓まで、あらゆる人間の胃袋を満たしてくれる——そんな「パンを焼く覚悟」を、根本シェフは持っている。だからこそ、どのパンを食べても心をグッと掴まれる感覚があるのだ。

 

 

武蔵小山に立ち寄った際は、自らが兵士になったつもりでネモ・ベーカリーのパンを味わってもらいたい。おそらく、率先して兵士に志願したくなるだろう。

 

~最後に、素晴らしい出会いと学びの機会を与えてくれた、不動前のBoulangerie A’rrow(ブーランジェリー・アロー)のアキコさん、本当にありがとうございました。根本シェフの愛弟子として、これからも美味しいパンを焼き続けてください~