人類にとって急所の一つである、”弁慶の泣き所”すなわち「脛(すね)」という部位は、ぶつけるとなぜこんなにも痛いのだろうか。
なんせ、弁慶といえば歴史に名を刻む怪力かつ鋼の肉体を持つ豪傑として知られた、伝説の武将である。そんな最強フィジカルの偉人ですら、スネを撃たれると痛くて泣いてしまう・・というのだから、とんでもない弱点であり急所といえる。
ちなみに、スネを打つとめちゃくちゃ痛い理由は簡単である。
スネの骨(脛骨)の前側は、皮膚のすぐ下に骨が通っているため、衝撃を吸収するための筋肉や脂肪の層がほぼ皆無。そんな無防備な外壁であるにもかかわらず、骨の表面(骨膜)には痛覚繊維と呼ばれる痛みを感じる神経が張り巡らされており、外部からの衝撃がダイレクトに骨膜へ伝わるため、弁慶すらも泣いてしまうほどの痛みを覚えるのだ。
では、なぜスネを——しかも体の前面にあり、歩く際には足先の次に前へ出る部位だというのに、なぜそんなにも無防備な状態で進化を遂げてしまったのか。それは、「二足歩行の効率化のために、足の先端を軽量化させた」という説が濃厚。
まず、われわれ人間を含む二足直立歩行を行う動物は、振り子運動の効率を上げるために「足の先端(遠位部)をできるだけ軽くする」ように進化した。さらに、尻や太もも、ふくらはぎといった「後ろ側の筋肉」を使うことで、いわゆる後輪駆動システムで体を前に進めるようになった。
加えて、体重を支える重要な骨の一つである脛骨が折れると、歩くことはおろか逃げることもできなくなる・・すなわち、野生の世界では死を意味する。そのため、骨の表面に大量の痛覚センサーを張り巡らせることで、骨折を回避させるための警報装置の役割を果たしているのだ。
このように、人類が進化する過程で必要なデチューンだったわけだが、スネの他にも似たような部位——筋肉や脂肪といったクッションが薄い、かつ、すぐ下に神経や骨があるため、ぶつけると激痛が走る「急所」はいくつか存在する。
たとえば、肘の内側やくるぶしの内側がそれに当たる。学生時代、椅子や机の角に肘をぶつけて、指先まで電気が走るような激痛と痺れに襲われた経験・・というのは誰にでもあるだろう。
また、自転車のペダルがく勢いよくるぶしに当たると、こちらも肘と同様にのたうち回る痛さに見舞われるわけで、どちらも骨の周りにクッションがない上に骨膜が高密度な痛覚センサーに覆われているため、ダイレクトに衝撃を感知してしまうのだ。
他にも、尾てい骨や鎖骨が無防備な構造となっているが、いずれにせよ何らかの防衛策を練られているという点でスネとは異なる。
たとえば、肘や内くるぶしは体の内側にあるため、外からの衝撃を受けるにはその部位を開放する必要がある。そのため、常に危険を察知しなければならない、というほどではない。そして、尾てい骨は尻の筋肉・脂肪が、鎖骨は胸の筋肉・脂肪および顔や顎があるため、ダイレクトにぶつけるにはいくつかの条件が必要となる。
このような事情からも、急所に対して骨や神経を守るための対策がそれなりに施されているのだが、スネに限ってはそれが見当たらない。しかも、先にも述べたとおり「歩行の際に真っ先に前へ出る部位であるにもかかわらず、衝撃をもろに吸収してしまうのはいかがなものか」と思うのだ。
まぁ、「歩行できなくなるリスクを回避するための予防線」と言われれば納得するしかないが、とはいえ(スネを打った後は)ちょっとの接触でも悶絶するほどの痛みを覚えるわけで、これだけはどうも素直に受け入れられない。
そして今、スネを見事にバッティングさせたわたしは疼痛に悶絶している。それこそ、うつ伏せで寝ようとしたところ患部がマットレスに当たって眠れないほどに——。
地味ではあるが、逃げ場のない痛みが意外と長く続くとなれば、そりゃあ弁慶だって泣きたくもなるわな・・。










コメントを残す