寝るつもりなど毛頭ないのだが、厚紙や箱をつぶす錘(おもり)として効果的なのが人間の頭部である以上、対象物を小さくするためにアタマを載せるべく横になるのはやむを得ないこと。
そして気が付くと、いつの間にか数時間が経過しているから、この世は恐ろしいのである。
わたしは通常、生クリームや油など汚れがついた厚紙やチラシ・段ボールの仕切りなどを捨てる際に、水で洗って柔らかくしてからコンパクトに丸めて捨てる・・という方法を採用しているのだが、このやり方はゴミの体積を減らすのにうってつけ。
なぜなら、水に濡らすことで繊維同士の水素結合が弱まり、元の状態を保てなくなった紙はグニャグニャまたはドロドロになるため、小さく丸めようとしても紙の硬さでうまくいかなかったものが、水に濡らすだけでいとも簡単に手のひらサイズに変化するからだ。
さらに、個人情報が書かれた書類や封筒なども、水で洗えばあら不思議!? あっという間に文字は消滅し、だらしない姿と化したパルプの堆積物が残るだけ。よって、ペンで消したり細かくちぎったりするよりも、簡単で確実なプライバシー保護の方法が、この「水で洗う」というやり方なのである。
そんなわけで、通常ならば水で洗って小さく丸めて捨てるだけなのだが、目の前にあるこの紙袋は——耐久性に優れた上に中途半端に水をはじく加工が施されたこいつは、思ったほど水の影響を受けないかもしれない。これがもしもAmazonが配達で使う茶色い再生紙であれば、耐水加工といえどもあっという間に雑巾絞りでコンパクトにできるのだが、あれに比べるとさらなる手強さを感じる。
(とりあえず、可能な限り小さく丸めて、開いてこないようにアタマで押さえつけておこう)
ピアノの楽譜でいうところの「パデレフスキ版」は、どれほど折り目をつけても閉じてしまう特性があり、開いた楽譜の上に座りながら弾く・・というやり方でとにかく折り目をつけるのだが、それでも一度閉じると再び強固な力を取り戻すという、なんともやっかいな楽譜なのだ。
そんな、パデレフスキ版を想起させるような弾力性というか頑固さを持つこの紙袋が、果たして我が頭部の重みでどこまでコンパクトに矯正できるのか、早速トライすることにした。
まずは手の力で出来る限り細長く丸めで、雑巾を絞るかのようにギュッと捻ってみる・・ダメだ、簡単に跳ね返されてしまう。ならば、ギュッと捻ったところへ頭を乗せて、それ以上開かないように防ぐのはどうか——よし、この作戦でいってみよう。
こうして、耐久性のあるタフな紙袋をねじって枕状にしたものを、素早く頭部の下に敷いたわたしは静かに目を閉じた。
(木材パルプが持つポテンシャルとやらを、ニンゲン様が打ち砕いてやるわ!!)
*
わたしには睡眠における一風変わった特徴があり、柔らかくていかにも寝心地がよさそうなところでは満足のいく睡眠が得られない。逆に、硬い枕やデコボコの床、あるいはソファーのような狭いスペースなど、一般的には寝床として好まれない環境のほうが気持ちよく眠れるのだ。
そんな稀有なシチュエーションを好むわたしにとって、この”タフで分厚い紙袋を絞ったモノ”は、図らずも枕として最高の働きを見せてくれた。この、なんともいえない中途半端な硬さとゴワゴワ感が、わたしの後頭部をいい感じに刺激する。そして、天井を見上げようが横を向こうが、期せずして生まれた自然のデコボコがフィットすることで、いずれの角度を選んでも(負傷している)肩への負担が少ないのである。
その結果、気づけば3時間が過ぎていた。
ちなみに、「頭部の錘(おもり)によるプレッシャー作戦」を敢行した後も、紙袋のパワーは健在だった。おもむろに頭をどかしたところ、「待ってました!」とばかりにムクムクと広がり、さっきまでの”絞られた雑巾のフォルム”は微塵も残らなかった。
そこでわたしは、最終手段である「水洗方式」にて紙袋のパワーを封じ込めることにした。紙袋の中にたっぷりと水を入れてシェイクする。そして、外側も綺麗に水洗いする——あっという間に、ペーパー濡れ雑巾の出来上がりだ。
(やはり紙の宿敵となるのは、重さや圧力ではなく水なんだな・・)
これぞまさに「柔よく剛を制す」ならぬ「水よく紙を制す」。力づくでは厚紙や段ボールを制圧するこどはできないが、水をかければあえなく撃沈・・という、逞しくも脆い紙の一生なのである。










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