異世界で聖書扱いされた可能性は、ゼロじゃない

 

突然だがこの掃き溜め・・もといブログは、昨日と今日とで似て非なるものである。どういうことかというと、いつの間にか新サーバーへの移行が終わっていた——すなわち、畑の土が昨日までとは別物になったのだ。

 

昨日も触れたが、”物書きの先輩”に頼み込んでサーバーの引っ越し作業を依頼したところ、作業については快諾してくれたが、それと同時に起こり得るリスクや最悪の事態、要するに『データがすべて吹っ飛んで、この6年間がなかったことになる可能性』について、超が付くほど慎重な完璧主義者である先輩に滔々(とうとう)と語られたことで、「あぁ、ついにこの掃き溜めも一掃される時を迎えたわけか・・」と、半ば諦めモードで覚悟を決めていた。

なんせ、ずぶの素人がどれほど怯えたり悩んだりしたところで結果は変わらない。例えるならば「誤って溶解炉へ落としたスマホを、拾い上げることも復活させることも不可能」というのと同じで、消えてしまったデータを未練がましく想い続けても、不毛なだけでその先に得るものはない。それならば、また一から作り上げればいいだけのことさ——そう本気で心に刻み込んだわたしは、6年間もの長きにわたって書き溜めた記事のデータを、泣く泣くこの世から消し去ったのだ。

 

・・いや、むしろ消えてもらわなければ割に合わないほど、データを消失した前提で取り乱すことなく粛々と過ごしていたのである。それなのに、

「プラグインとWPのバージョンを最新にしておきました。なお、 新サーバーに移転したことで鈍重だったサイトがサクサクになりました。数時間ほど観察をして、異常がなければおそらく移転成功です。 異常があればまた元のサーバーに戻しますので、しばらく注視します」

という、およそ異次元のメッセージが届いたわけで、決死の覚悟で平常心を保っていたわたしが拍子抜けしたのは言うまでもない。

 

(もはや失敗する前提で腹をくくっていたので、この文章の意味がよく理解できない・・というか理解したくない。愚鈍な焼き菓子がサクサクになった、ということでよろしいか?)

 

 

それにしても、自分の手で移行作業を行っていないわたしには、何がどう変わったのかが分からない。おまけに、どれほどの緊張や責任という名の重圧に耐えながら作業に取り組んだのか、その想像すらできなかった。

そりゃそうだ、住所(ドメイン)を変更することなく建物(サーバー)だけ新しくしたのだから、処理速度の向上など使い心地が良くなったかもしれないが、サイトを開いただけでは昨日と同じ景色が広がっているわけで。

 

とはいえ、どれほどプレッシャーのかかる大変な作業だったのかを説明されたところで、ド素人にとってはチンプンカンプンなのだから伝えるだけ無駄——そう、これぞ正に「馬の耳に念仏」ってやつだ。

まぁ、こちらもそれなりに想像力を働かせてイメージしてみるのだが、引っ越しの途中でデータがすべて吹っ飛ぶというのは、例えるならば「家財道具を載せた引っ越し業者のトラックが、ふとした拍子に異世界へ紛れ込んでしまった」的なことなのだろう。

なぜ異世界かというと、車同士の衝突や転落といった物理的な事故であれば、運が良ければ家財道具は無事だし、仮にトラックがぐちゃぐちゃになるほどの衝撃だったとしても、多少なりとも残骸は残るはず。それが、跡形もなくきれいさっぱり消えるというのは、やはり異世界へワープしたとしか思えない。

 

(であれば、異世界のどこかでわたしの6年間におよぶ超大作が、聖なる書物として崇め奉られている・・という可能性もあるのか)

 

そうなると、やはりデータは消失したほうがいい。そのほうが、将来的にムネアツな展開が期待できるからだ。

無論、これが単なる妄想かつ非現実的な戯言であっても構わない。なぜなら、異世界や異次元の空間というものが、実際にあるのかないのか分かっていないのだから、だったらその未知の可能性に期待するのが、探求心旺盛なニンゲンの本能というもの。

 

あぁ、いつかどこかでわたしのコラムを読んだ異世界人が、「ぜひとも、この作者と会ってみたいわぁ」などと目を潤ませてキュンキュンしているかもしれないだなんて、なんとも素敵な話ではないか!!

 

 

そんな淡くも儚い妄想は、慎重な完璧主義者(先輩)によって、ありがたくも打ち砕かれたのであった。

合掌・・ではななく、感謝——。

 

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