拝啓、タケオヒデキ様

 

一軒家であれば玄関や門柱に「表札」が設置されているため、下の名前までは分からずとも「〇〇さんが住んでいる」と、その家に住む者の「氏」くらいは知ることができる。だが、都心の集合住宅ともなると、誰一人として集合ポストに名前を記す者はおらず、部屋番号の数字だけがズラッと並んでいるだけ。

そんな我がマンションの郵便受けを開けたわたしは、ちょっとした小包が届いていることに気がついた。すぐさま手に取り差出人を見ると、北海道からのギフトだった——なにか注文したっけ?

 

北海道からの届け物で思い当たる節といえば、オンラインで注文したコンタクトレンズか漢方薬。そして、この封筒に入った内容物の手触りは、過去に購入した漢方薬と酷似している。

もしも先方が誤って再発送してしまったのであれば、その旨を伝えなければいけない——そう思ったわたしは、その場で小包を開封すると中身を確認した。するとそこには、大量の漢方薬・・というか、胃薬が詰め込まれてあった。

胃腸が超人並みに丈夫なわたしが、間違ってでも胃薬を購入することなど考えられない。しかもそこには、小さなメモ書きが同封されてある。

「飲み過ぎに注意ね!」

——これは紛れもなく、誰かが誰かへ個人的に送った贈り物だ。

 

その瞬間、小包を裏返して宛名を確認したわたしは凍りついた。まさかというかやはりというか、わたしの名前がない代わりに「タケオヒデキ」という男性の名前とわたしの住所・・というか「802号室」という我が家の部屋番号が記載されてあったのだ。

要するに、このマンションに住むタケオヒデキへ胃薬を送ったが、部屋番号をキッチリ間違えたため、802号室に住むわたしの元へと届けられたのだ。

 

801号室か803号室か、はたまた702や602か——。集合ポストに名字だけでも表示があれば、該当する部屋番号へ投函できるのだが、あいにくどこに誰が住んでいるのかは分からない。

これが郵便ならば、部屋番号と居住者が一致する「名簿」を参考にタケオヒデキの元へと届けられただろう。だが宅配便やアマゾンの場合、宛名ではなく部屋番号のポストへと投函するため、そこがわたしの家かタケオヒデキの家かなど知る由もない。

加えて最悪なのは、わたしが小包を開封してしまったことだ。宛名を見れば自分宛ではないのが一目瞭然であるにもかかわらず、表面を確認することなく勝手な思い込みで破り開けてしまったわけで。

 

それよりなにより、まだ「ハサミで綺麗にカットした」とかであればいいが、他人宛てとは思わず乱雑に開封したため、仮にタケオヒデキのポストが分かったとしても、このまま放り込んだら単なる「嫌がらせ」になってしまう。

かといって、我が家にメモを残せるようなペーパー類は存在しないため、裏が白いチラシに事の顛末を記した謝罪文とともに、この胃薬を再投函——いやいや、そもそもタケオヒデキの部屋番号が分からないではないか。

 

こうしてわたしは、マンション内ですれ違う男性陣に、片っ端から声をかけて「タケオヒデキ」を探すことにしたのである。

 

ところが、こういう時に限ってエレベーターでもエントランスでも男性とはすれ違わないもの。ちなみに、わたしの予想では隣人が男性の様子なので、おそらく彼がタケオヒデキではないかと密かに狙いを定めていた。だが、今まで一度も共有フロアやエレベーターで一緒になったことはないので、どんな顔で何歳くらいのオトコなのかは分からない。

いざとなったら隣人宅への突撃を試みてもいいのだが、エントランスからの呼び出しではなく玄関のインターホンが鳴ったら・・それはそれで警戒するし、わたしならば無視するだろう。おまけに、隣人がタケオヒデキではなかった場合の気まずさや不審者感を考えると・・あぁ、むしろ被害者であるわたしが、なぜここまで気を使わなければならないのか、意味が分からない!!

 

というわけで、いつかどこかで偶然「タケオヒデキ」に出会える日を、静かに待つことにしたのである。

 

 

それから二週間ほど経過した今日、玄関のドアスコープから外の様子を偵察する習慣のあるわたしは、タイミングよくエレベーターが開く瞬間を目撃した。しかもそこから降りて来たのはオトコ——まさか、タケオヒデキ?!

だるだるの部屋着に瓶底メガネという完全なる「油断着ファッション」ではあるが、このタイミングを逃したらタケオヒデキへとたどり着けない。そう思ったわたしは、勢いよくドアを開けると自宅へ消える寸前の男性に声をかけた。

「あの・・タケオさんですか?」

すると男性は、笑顔で振り返りながら「はい、そうですが」と答えたのだ。

「マジで?!タケオヒデキさん?!」

「は、はい。タケオヒデキです・・」

 

——助かった。

 

 

やはり、他人宛ての荷物が自宅にあるというのはいい気分ではない。そこだけ異質な感じがするというかなんというか。

しかも「そんなの管理会社に伝えて、部屋番号を聞くか届けてもらうかすればいいじゃん」となるのが普通だが、小包を乱雑に破り開けたことの「弁解」をしたいわたしは、どうしてもタケオヒデキ本人に会いたかった。

かといって、そのためにわざわざ部屋番号を聞いて・・いや、個人情報だからと教えてくれない可能性もあある。そうなると、わたしが直接弁明できる機会を失うわけで・・あぁ、もはや考えることすら面倒——そんな、絶妙なストレスを抱えながら過ごした二週間だったのである。

 

とにもかくにも飲みすぎには注意だぞ、タケオヒデキ。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です