人間万事塞翁が馬——いや、禍福は糾える縄の如し・・というやつか。
先日、38日間におよぶ「一日1,300㎉ダイエット」という過酷な挑戦を、一瞬にしてあっさり放棄させられた天才シェフの手料理に舌鼓を打ったわたしだが、じつはその最中(さなか)に、地獄の底へと突き落とされていた。
まさに「天国と地獄」を同時に味わう・・おっと、対象が料理なだけにちょうどいい掛詞(かけことば)となってしまったが、これまでの食事制限の反動もあり、一心不乱に料理へ箸を伸ばすわたしは、飛び上がるほどの激痛と共に「ゴキッ」という鈍い破砕音を耳にしたのである——あ、これはやっちまったな。
この痛みと破砕音は、過去にも体験したことがある——そう、歯根破折の音だ。
前回もそうであるように、歯根破折の最終的なトリガーは咀嚼の場合が多い。だが実際のところ、長きにわたる臼歯への圧力の蓄積および経年劣化が原因のため、必ずしも「硬いものを噛んだから折れたり割れたりする」というわけではないのだ。
そして今回、すでに失っている右の奥歯の二つ隣りの歯に激痛が走ったわたしは、やむを得ず左側のみでの咀嚼を強要された。とはいえ、通常ならば痛すぎて食事どころではないのだが、これこそが”料理人の腕の違い”というやつだろう。
(これが最後の晩餐だとしたら・・当然ながら食材の欠片(かけら)まで味わい、ボウルの隅々まで舐め尽くさなければ、死んでも死にきれない!!)
そんな「命懸けのパッション」に駆られたわたしは、歯の骨折など無視してシェフの料理に食らいついたのである。
*
こうして、至福の時・・もとい最後の晩餐はあっという間に過ぎ去り、いよいよ現実を突きつけられる瞬間を迎えた。
激痛と破壊音の翌日、近所の歯科クリニックにてレントゲンとCT撮影をしたわたしは、「表面からも確認できますが、真っ二つに割れていますね」と、予想通りの死刑宣告を受けた。
実際のところ、既存の詰め物を外して内部の亀裂がどこまで入っているのかを確認する必要があるが、歯根の深い部分まで割れていたならば、問答無用で「抜歯」となる。しかも、今回の抜歯は両側に歯が生えているため、そのまま放置するわけにはいかない。
いかんせん歯というのは嚙み合わせが重要で、隙間があればそこへ向かって圧力がかかる——すなわち、隙間のせいで元気な歯が倒れたり浮いたりする恐れがあるのだ。そうなればブリッジもインプラントも不可となり、「打つ手なし」の最悪な状況に陥ってしまうのだ。
悪いニュースがさらに続く。
「(過去に抜歯した上の奥歯と相対する部分にある)下の奥歯が、かなり上がってきてるんですよね。今まで、上の歯の圧力で均衡が保たれていたのが、それを失ったせいでいつまでも上へ伸びようとしているんです。このまま放っておけば、いずれ上の歯茎にあたるかもしれないし、根元がぐらついて抜けるかもしれません」
ならばどうすればいいのか・・というと、
「まずは上がってきている奥歯を矯正して高さを整えて、その後に上の歯をインプラントで作るのがベストです」
とのこと。しかしながら、わたしにとって重要な問題は”治療にかかる費用”だ。
インプラントの治療は、使用するフィクスチャー(インプラント体)や被せ物(上部構造)の素材に加え、それらを提供するメーカーによって費用に大きな差が出る。そして、今回の説明ではインプラントを一本埋め込むのに60万円(治療費等込み)とのこと——た、た、高すぎる。
おまけに、下の歯の矯正をするとなると、それだけで40万円ほどかかるのだそう。となると、今回骨折した歯のインプラントと前回抜歯した歯のインプラント、そして上がってきている奥歯の矯正・・しめて160万円。
無論、治療期間に関しても数カ月から長いと1年かかるわけで、要するに「歯の自費治療」というのは、長期間におよぶ根気と資金力がなければ受けることのできない、高級な施術なのである。
しかも、極めつけはこの余談だった。
「CT画像を見て気づいたのですが、前歯のこの部分・・骨が溶けてるんですよね。これで痛みがないのが不思議なくらいですが、おそらくこの歯はもう死んでます。なので、これも抜歯するとなるとさらに追加でインプラントが必要になるかと・・・」
さらに追加で60万円、しめて220万円也——。
魂が抜けてしまい放心状態となっているわたしに向かって、初対面の歯科医は「噛む力、相当強いんでしょうね・・」と呟いた。
(あぁそうですよ、どこへ行っても同じことを言われますよ。わたしは嚙む力が異常に強いし、筋トレなどせずとも全身マッチョだし、当然ながらプロテインなど摂取していませんよ。ご想像どおり、どちらかというとヒトではなくゴリラの遺伝子で出来ているんですよ)
*
というわけで、昨日の豪華なホームパーティーは、わたしにとってリアルに「最後の晩餐」となったのである。




















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