日本で働く労働者は、週20時間以上働く場合に”雇用保険の被保険者”となるルールがある。保険料に関しては労使折半だが、使用者(会社)の負担のほうが大きいので、労働者からするとややラッキーといえる。だが、実際に雇用保険という「保険」の恩恵を受けたことのある人はどのくらいいるのだろうか。
こんな言い方をすると「失業したことがない自慢か?!」と袋叩きにされそうだが、事実わたしは、雇われ人である間に納めていた雇用保険料を回収することなく——厳密には「失業給付」という形で回収することなく、自営業をスタートさせてしまったのだ。
よって、労働者として働く日が再び来るのかどうかは不明だが、少なくとも20代に納付した雇用保険料はもう二度と戻っては来ないのである。
そんなわたしの元へ、顧問先からとある相談があった。
「結婚により引っ越しをする社員が、通勤が困難になるため退職することとなりました」
それはめでたい反面、残念な話でもある。通勤困難ということは遠方へ転居してしまうのだろうか——。
「えーっと、埼玉県に引っ越すそうです」
(・・・・)
えーっと、貴社は都内ですよね?そして、従業員は埼玉県のどちらへ引っ越されるのでしょうか?奥秩父あたりならば、車でも公共交通機関でも3時間はかかるので、通勤困難というのも頷けるが——。
実際のところ、まったくもって通勤圏内と思われる地域への転居だが、従業員にも本人なりの言い分はある。これまでは会社の近くで一人暮らしをしていたため、出社するのに20分もかからなかった。それが片道1時間以上の通勤となれば、さすがに気持ちが萎える・・というのも理解できる。
「自宅から近かったからこの会社を選んだのに・・」
これだって立派な理由である。しかしながら、遠くへ移ったのは会社ではなく自宅であり、それを会社のせいにすることはできない。よって、普通に「自己都合による退職」ということで終わらせようとしたところ、
「通勤困難による退職だから、失業給付をすぐにもらえるようにしてもらいたい」
という注文をつけられたのだ。
通勤困難による退職・・という離職理由は確かに存在する。それは「正当な理由のある自己都合退職」というもので、”心身の病気や負傷による離職”や”親が病気や負傷で常時看護が必要となったことによる離職”など、本人が望んで退職をするわけではないが、会社にも非がない場合の離職を指す。その中に”結婚に伴う住所の変更”という理由があるのだ。
厚生労働省(ハローワーク)の基準によると、
「結婚に伴う住所の移転のために、事業所への通勤が不可能又は困難となったことにより、勤務の継続が客観的に不可能又は困難となり離職した場合」
と記されているが、いったいどのくらいの距離または時間が「通勤が不可能または困難」なのだろうか。
同基準によると、
「通勤困難(通常の方法により通勤するための往復所要時間が概ね 4 時間以上であるとき等)となったため、離職した場合」
という目安が示されており、片道2時間以上かかる場所への転居ならば「正当な理由のある自己都合」となり、特定理由離職者に該当するのである。
たしかに、往復4時間を通勤に費やすとなれば、一日8時間勤務だとすると合計12時間・・なんと、一日の半分を仕事に捧げることとなる。これはさすがに受け入れがたい——。
ところが、今回の退職のケースは「片道一時間ちょい」というわけで、決して軽んじているわけではないが、まぁまぁよくある通勤時間といえる。そのため、この距離で特定理由離職者に該当するとなれば、さすがに通常の自己都合退職者が黙ってはいないだろう。
ちなみに特定理由離職者ならば、失業給付を受給するのに「2カ月の給付制限期間」を待たずして受け取ることができる。さらに、「被保険者期間6か月」で受給要件を満たすため、とりあえず半年間働いていればクリアできるというわけだ。
それに比べて通常の自己都合退職者は、失業給付を受給するまでに3か月(給付制限期間2か月+失業認定日28日)かかり、雇用保険の被保険者期間も12か月必要なため、特定理由離職者と比べると待遇はよくない。
とはいえ、本来の姿がこちらであり、特定理由離職者は「やむを得ない退職なのでかわいそう」という”お情けのバフ”がかかっているだけなのだ。
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このような事情からも、結婚はめでたいし羨ましいことではあるが、特定理由離職者としての退職は叶わない模様。幸せ絶頂の退職者には申し訳ないが、「通勤困難」という離職理由を採用するには、片道1時間ちょいではさすがに難しいのであった。
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