甲板での溶接作業による熱中症が原因の死亡事故を斜め読み

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三寒四温ではないが、35度の猛暑日が続いたかと思えば、急に雨が降って25度くらいに落ち着いたりと、梅雨のいたずらが続くここ最近の都内。そんなわけで、照りつける太陽は鳴りを潜めていることから、「暑くて死にそう!」とまではいかないが、まぁそれなりに暑いのである。

ところが、カフェやレストラン、さらには電車やバスに乗れば、そこは凍てつく寒さの亜空間が広がっている。タンクトップに短パンという、布面積の少ない格好のわたしにとっては、とてもじゃないが長居できない拷問エリアなのだ。

——などとくだらない文句を垂れていたところ、"熱中症による死亡事故に関する損害賠償請求の判決文"を目にする機会を得た。

 

ざっくりとした内容は、

屋外での溶接作業中に熱中症となり、代謝性毒性脳症やてんかん、高アンモニア血症(非肝性)、腎機能障害、尿崩症などを発症した結果、脳死による心肺機能の低下からの心肺停止により死亡した事件

である。この事故(判決文は「損害賠償責任事件」のもので、令和6年2月13日・福岡地裁小倉支部判決、平31(ワ)36号)は、当然ながら労災認定されたわけだが、会社側の「安全配慮義務」について争われた部分もあることから、社労士としては興味深く読み入ってしまった。

先に述べると、会社側の安全配慮義務違反については「民法415条の債務不履行に基づく違反を認め、損害賠償責任を負う」とした一方で、「会社法429条1項に基づく、会社役員に対する損害賠償請求はできない」という判決となった。

業務中に発生した事故なので、労災案件であることは間違いないが、"業務上の事故"ということは、会社のみならず役員までもが責任を問われる可能性があるわけで、労働者を雇用する際には「労働環境への配慮」についても、会社は十分注意を払わなければならないのである。

 

とはいえこの事件、ちょっとだけ特筆すべきことがあるとすれば、死亡した労働者(亡Aとする)が熱中症を発症した"場所"についてだ。

彼らの仕事は「船上での溶接作業」で、サウジアラビア西部の都市・ヤンブー(紅海に面した港町で、アラビア語で「海辺の泉」を意味する。また、原油輸出の拠点となる工業都市であもる)において、浚渫船(しゅんせつせん/水底の土や砂を掘り取って、水深を深くする船)の、バケット摩耗箇所の溶接補修工事のための出張中での出来事だった。

日中の気温は当然ながら日本よりも高く、また、事故が起きたのは8月ということで、とんでもない真夏中の真夏だった。そのため、昼間は40度近くまで気温が上がり、相対湿度も65度(%)は下らないという、温室育ちの日本人には過酷な環境だったのだ。

 

それを裏付けるように、サウジアラビア(ヤンブー)へ到着して作業に取り掛かった三日目に、亡Aは体調不良となり食事がとれなくなった。その翌日、ホテルの部屋で休養するも食欲不振や嘔吐の症状は消えず、体調不良を訴えた翌々日に病院を受診し点滴と血液検査を行ったのだ。

だがその時点では重篤ではなかったため、再びホテルへ戻り休養することになった。しかし食欲不振は続き、ごくわずかな果物やおかゆを口にする程度。そしてこの辺りからみるみる症状が悪化し、夜間にヤンブー市内の病院を受診するも、ジッダ(ヤンブーから南へ350キロの場所にある、サウジアラビア第二の都市)の病院へ行くよう指示があった模様。ところが、夜間でタクシーの手配ができなかったため、翌朝7時にジッダの病院へと向かったのである。

そして救急外来で入院すると、すぐさま集中治療室へと搬送された。意識不明の状態で治療は続いたが、入院から4日目に危篤となり、翌日午後に死亡が確認されたのだ。

 

・・この経緯を読んでいると、初日あるいは二日目の作業時点で、若干なりとも体調の変化があったように思われる。とはいえ、亡A本人も「わざわざサウジアラビアまで出張で来て、具合が悪いから休ませてほしい・・とは言えない」という気持ちがあったのかもしれない。そんな"言葉にできない訴え"を飲み込んだ代わりに、食欲不振という症状が作業二日目の夕食時に現れたのだ。

さらに、作業三日目は昼食も夕食も摂っておらず、現場責任者が病院の受診を打診するも「大丈夫です」と答えたため、とりあえずはホテルで休養をとらせたわけだ。無論、この時点で「無理矢理でも病院へ連れて行くべきだった!」という意見もあるだろうが、海外という特殊性を考慮すると、現場責任者にとっても亡Aにとっても判断が難しいのは言うまでもない。

むしろ、最初の病院の時点でしばらく入院させるべきだったのでは・・と思うが、これもまた現場でなければ判断できない事情があったはずなので、第三者が気安く口にするべきではないことだが。

 

そんなこんなで、会社側としては「熱中症予防対策措置は怠っていない!」と反論したわけだ。現に、休憩時間を午前10時、正午、午後3時の計三回取得させ、合計二時間を休憩に充てていた。また、冷房の効いた休憩室に水やスポーツドリンク、梅干しや塩昆布などを準備しておくなど、最低限の予防策を講じていたことは認められている。

しかしながら、WBGT値(Wet-Bulb Globe Temperature/湿球黒球温度・・気温だけでなく、湿度や直射日光、風の影響を考慮して、体感温度とマッチした相関があるとされる指標)の基準域を超えた、熱中症発生リスクの高い作業環境だったことからすると、休憩や水分・塩分の摂取はもちろんのこと、頻繁に巡視をして声をかけるなど「労働者の健康状態の把握」を徹底するべきだった・・と、裁判所は判断した。

「たったそれだけのことで、安全配慮義務違反なの!?」と、事業主サイドからは悲鳴が聞こえてきそうだが、もしもこれが"自らの家族やペットの話"だったらどうだろうか。異国の地、しかも猛暑の中での屋外作業なわけで、家族の体調や食事の様子をうかがうのは当然だろう。そして少しでも異変に気づいたら、それこそ血相を変えて病院へ連れて行くのではなかろうか。

 

 

労働者と使用者(事業主)の関係は、さすがに家族とまではいかなくとも、そのコミュニティにおいては完全に身内である。性格の不一致や業務怠慢など、関わりたくない人間もいるかもしれない。だがそこは「仕事」と割り切って、労働者の健康管理や作業環境の安全配慮を徹底してもらいたいのである。

 

——亡A氏へ、謹んで追悼の意を表します——

 

Illustrated by 希鳳

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