弊事務所のサテライトオフィスである、スターバックスコーヒーにて仕事をしていたところ、シャレたカフェに似つかわしくないガラの悪い連中が入店してきた。骨伝導イヤフォンを装着しているにもかかわらず、石井(仮名)のだみ声が店内に響く——まさかあの野郎、わたしを追ってきたのか?
ほぼ満席の店内の奥のほうに着席していたわたしは、客の頭越しに声の主を探した。すると、石井のみならず田中(仮名)と泉川(仮名)の姿も確認できた。
(チッ・・あいつら、断りなしに弊事務所に侵入したのか)
事前に「お邪魔します」の一言もないまま、ズケズケと上がり込んでくる図々しさに辟易(へきえき)としながらも、ガラの悪い三匹の動向に目を光らせた。
どうやら、注文したドリンクの出来上がりを待っている様子。石井は相変わらず大声でなにかを訴えているし、後ろ姿の田中は無意味に頷いている。そしてサングラスをかけた泉川は、落ち着かない様子でキョロキョロしていた。
(あいつらの知り合いだと思われたくないな・・)
シロガネーゼとして名を馳せるこのわたしが、あのような粗野なオトコどもと繋がりがあると知られれば、品位に影響を及ぼす。そしてここは、港区赤坂。シロガネーゼにとっては"庭"のような場所であり、気品あふれるハイソサエティーな面々が、優雅な昼下がりを過ごすエリアである。
となれば、この場は仕事に没頭しているフリをしてやり過ごすしかないだろう。可憐なお嬢さまが下衆な輩に絡まれる・・という光景を、ここにいる誰もが見たくはないわけで、そのためには"わたし"という存在を隠さなければならないのだ。
そう考えたわたしは、元の位置へとそっと腰を下ろすと、入力途中の画面を見ながら仕事を続けることにした。
(・・・いや、待てよ)
だがふと思ったのだ。ここが弊事務所のサテライトオフィスであることは、周知の事実。そしてこの時間、わたしがここで仕事をしていることを、あいつらは知っている。ということは、各々のドリンクを受け取ったら店内を散策し始めるかもしれない。そうなれば、わたしの存在がバレるのも時間の問題となる——。
「あー、こんなところにいたぁ!」
などと大声で指をさされた日には、周囲の客はドン引きしてしまうだろう。そして哀れなシロガネーゼは、足立区のバーバリアンに捕獲される・・という未来が想像できる——それだけは避けなければ。
ということは、奴らに発見される前にわたしのほうから所在を明かせばいいのではないか。とりあえず距離を保ったまま、静かにアピールをしてみよう——。
そこでわたしは、スッと立ち上がると石井を凝視した。さっきから何やら熱弁を続ける奴は、およそこちらを向いている。そしてわたしの周囲で立っている人間はいないため、さすがに気づくだろう。
ところが、何度か目が合った気はするのだが、石井がわたしを認識することはなかった。たしかに、ただ突っ立ってるだけではオーラが出ないため、オブジェや観葉植物と同じくらいの存在感しか発せられない。ということで、熱弁を続ける石井の目に留まるべく、わたしも少しエネルギーを放出することにした。
具体的には、とりあえずニヤニヤしてみた。真顔では銅像と変わりないが、ニヤニヤすればなんとなくいやらしい熱量が発せられるため、さすがの石井も気がつくだろう。
ところが奴は、見事にスルーしたのだ——ふ、ふざけるな!
そこでわたしは、起立したまま腕を回したり髪の毛をいじったりしてみた。さすがにここまで大きな動きを与えれば、石井の目にも留まるはず。あわよくば、田中や泉川でも気がつくかもしれない。
——そんな期待も虚しく、輩トリオはわたしを無視し続けたのだ。あいつら、まさかわざとやってるんじゃ・・・。
さっきから、何度か石井と目が合った気がするわけで、それなのにあえて気づかないフリをするのはなぜだろう。「無視しようぜ」と、結託でもしているのだろうか。
とにかく納得のいかないわたしは、今度は壁に手をついてストレッチの真似をしてみた。さすがにここまでダイナミックなアクションを起こせば、石井のみならずその辺の客でも異変に気づくはず。
(・・・非情に不本意ではあるが、ここは恥を忍んでやるしかない)
こうしてわたしは、スタバの壁に手を当てながら、様々なストレッチを行った。脇腹を伸ばしたりアキレス腱を伸ばしたり、大きく背伸びをしたりと様々な"分かりやすい動き"を繰り返したのである。
そして気がつくと、周囲の客らが不審者をチラ見する様子で、わたしの動向を注視していたのだ。中にはスマホを構える若者もいたため、もしかすると撮影されていたのかもしれない。
それどころか、肝心の三バカトリオはこの期に及んでまだ気づいていないのだ。清楚なシロガネーゼが、渾身の"捨て身アピール"をしているにもかかわらず、あいつらは三人で馬鹿笑いしながら去っていくではないか!!!
残されたわたしは、明らかに緊迫した空気と「不審者に関わりたくない」という雰囲気を一身に集めながら、静かに着席したのである。
(・・あいつら、ブッコロす)
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