ベーグルとチョコレートの「メダル」

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試合が終わり減量から解放されると、近所のベーグル屋へ行くのが私のルーティン。

格闘技などとは縁遠い生活を送るベーグル屋のスタッフは、戦利品のメダルを見ると大喜びしてくれる。

 

今回もご多分に漏れず、結果報告に店を訪れた。

他のフロアにいたスタッフまで呼び出され、とっかえひっかえメダルを手に取り珍しがる。

 

大したことではないにせよ、多くの人が喜んでくれる姿は見ていて気持ちのいいものだ。

 

 

「これ、私たちからのメダルだよ」

 

こっそりと紙袋の中身を見せながら店長が言う。

 

小さなベーグルと小さなチョコレートーー

 

なにかをもらうためにここへ来るわけではないが、「小さなメダル」のご褒美は心に染みる嬉しいギフトだ。

 

 

このご褒美から、堀先生の言葉を思い出すことになる。

 

堀先生は私が通うジムのオーナーで、格闘家としてリングにも立つ現役最強のミドルエイジ。

本業は弁護士だが不動産でも富を築き、まさにマルチタレントと呼ぶにふさわしい人だ。

 

彼を語るにはどうしても「金の話」が先行する。

よって、堀鉄平という人を手っ取り早く知るにはスパーリングがいい。

 

以前、堀先生に手合わせをお願いしたときのこと。

 

「どうして逃げないの?」

 

スパーリング途中に突然聞かれた。

状況は、私が抑え込まれて身動きがとれずじっとしていた時だった。

 

先生いわく、

 

「背中をマットに押さえつけられてたら、そりゃ動けないでしょ」

 

それはそのとおりだが、どうすれば逃げられるのか私の知識と経験では閃かなかった。

 

「横向けばいいのに、すき間ができれば何かできるでしょ」

 

この言葉にハッとさせられた。

 

これは柔術とか格闘技とかそういう問題ではない。

やられかけた状況でどうやって脱出するのか、という問題だ。

 

こんな簡単で単純なことにも気付かず、私はせっせと毎日練習に励んでいた。

「戦い」という本質を学んだ瞬間であり、凝り固まった考えから解放された瞬間でもあった。

 

 

そんな堀先生の自論として、

 

「自分だけ成功しようとすると長続きしないし、大したことはできない」

 

という格言がある。

高潔な人格者でもないかぎり口にしないであろうこんなセリフ、私は信じない。

 

都心の一等地に土地を買い、建物を建てて売ることで利益を得る。

このやり方を他の人にも実践してもらうため、先生は「堀塾」なるものをスタートさせた。

 

「塾」の会費で儲けるにしては規模が小さすぎる。

では、なぜわざわざ塾など開いておいしい話を他人に流すのか。

 

「僕の後ろには200名以上の塾生さんがいます。

僕が買った土地を、塾生さんにローンが付いたら渡すということをしていたら、僕のところに優良な土地がどんどん集まるようになったんです。

今じゃ都内一、優良な不動産の情報が集まっていると思います」

 

つまり、堀先生一人では成し遂げられない成功が、塾生らにシェアすることで可能となったのだ。

 

たしかに優良な不動産を購入したくても、土台となる信用や資金がなければ業者も仲介してくれない。

しかしここまでの実績から、堀鉄平に対してならばと情報が集まるようになり、今では週に2回土地を購入しているとのこと。

 

もしも塾生が買わなければ自分で所有すればいい。

優良不動産ゆえ損にはならない。

 

ーー良いものを手に入れたければ、他人とシェアすることでより大きな成果を導き出せる

 

まさにそのとおりだ。

 

 

ベーグル屋でもらった「小さなメダル」を掌で転がしながら、堀先生を思い浮かべた。

 

そして彼の話とは規模も内容もまったく異なるが、喜びや幸せを他人とシェアすることについて、ふと考えた。

 

私は減量前、食べ納めにベーグルを買う。

そして試合後は報告を兼ねてベーグル屋を訪れる。

海外から帰国したときも土産とともにベーグル屋へ顔を出し、

閉店間際に残っている商品があれば、気前よく買い占める。

 

そんなことを繰り返すうちに、

焼きたてのベーグルがあれば優先的に出してくれたり、

注文時間外でも内緒でオーダーを受けてくれたり、

勝っても負けても「メダル」のご褒美をもらうようになった。

 

ちっちゃなことだが、なんとも嬉しい関係性が築けていることに気がついた。

 

堀先生は、無形資産の価値についても語っている。

知識、経験、資格、信用といったものが無形資産の代表例。

自己満足の無形資産に価値はないが、収入につながる無形資産は不動産や現預金と同等の価値がある。

 

この点、私の無形資産はほぼ自己満足ゆえ、金銭的な価値は乏しい。

しかし心を潤す価値ならば十分にある。

(これだから私は金持ちになれない)

 

特別なことをしなくても当たり前に広がる世界はあるし、それが今後どのような資産価値につながるのかはわからない。

 

だが喜びや幸せというものは、なるべく多くの人にシェアしていこう、と「メダル」をほおばりながら思うのだ。

 

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