カフェはくつろぐ場所ではない。諜報活動を警戒する場所である。

Pocket

 

石神井公園のタリーズにて、残務処理をしていたわたしはふと思った。

——ここは日本だから、トイレで席を立ってもバッグやパソコンを盗まれることはないだろう。だが本当に、盗まれないと言い切れるのか?

 

用心深い上に他人を信じないわたしは、可能な限り背中を取られるような席には座らないようにしている。もちろんこれは命を危険にさらさないためだが、それとは別にパソコンの画面を見られないためでもある。

ちょっとした個人情報だとしても、今のご時世どこでどう暴露されるか分かったもんじゃない。よって、警戒しすぎて損することはないからだ。

「だったらカフェなんかで仕事しなければいい!」

たしかにその通りである。だからこそわたしは、座席の配置にはウザいくらいに気を遣っている。そのため、仕事をするつもりでカフェに入っても、画面を保護できない位置しか陣取れないならば、躊躇することなく店を出る。そのくらい、背後が危険にさらされる状況を嫌っているのだ。

 

そして今日、わたしはちょうどいい席をおさえることができた。二人掛けのテーブルで背後は壁、そして道沿いのガラスには目隠しの模様が入っており、プライバシー保護は万全。さらに、着席したわたしから店内の様子が一望できるため、突如不審者が現れたり強盗が店員に詰め寄ったりしても、ふんぞり返って一部始終を見守ることができる。

そんな理想的な席をキープしたのだが、いざトイレで席を立とうとすると、周囲の客全員が悪人に見えてくるから不思議である。

 

・・わたしの視線の先にいるオンナは、さっきからずっとカサカサと動いている。情緒不安定と思われるが、無意識にわたしの荷物を奪う可能性があり要注意だ。・・その横のオトコは突っ伏して寝ているが、あれは狸寝入りだろう。わたしが離席したら、すぐさまパソコンをかっさらうかもしれない。・・さらにその隣のオトコは、落としたAirPodsを探しているが、ズボラなので見える範囲をキョロキョロしており、椅子の真下に転がっている"白いしめじ"に気付いていない。見つからない腹いせでわたしのパソコンを持ち逃げする恐れがあるから、油断できない。・・そして、あの奥に座るオンナは外国人か? さっきからこっちをチラチラ見ている。きっとわたしのパソコンを狙っているわけで、何が何でも手ぶらで席を離れることはできない——。

 

こんな感じで、コーヒーを味わっているうちは"いい人"だった客たちが、いざ離席しようとすると全員悪者に豹変するから恐ろしい。

かといってパソコンの上にマグカップをのせるのも、疑い深すぎて気持ち悪いだろう。・・ならば一度バッグにしまうのはどうか?——バッグごと盗まれたら元も子もない。・・ということは、パソコンを持ってトイレに行けばいいのか?——いや、なんか別の悪事を企んでいると勘繰られるのもシャクだ。

 

(つまり、パソコンを入れたバッグを持って離席するのが、最も安全な方法となる。だがそれでは、普通に店を出た客だと思われかねない・・)

 

どんな場所であっても「短時間ならば大丈夫」なんてことは決してない。狙っている側からすれば、1分・・いや30秒でも席を離れてくれれば、任務遂行に足る十分な猶予となるわけで。

しかし、これが海外ならばなんてことはない。なぜなら、席を取られる覚悟で荷物を持ってトイレに行くからだ。

「だったら、飲みかけのコーヒーを置いておけば?」

・・なんてバカな考えを持っているならば、即刻捨て去らなければならない。席を外している間に毒物や薬物を混ぜられたのでは、命がいくつあっても足りないからだ。

そのくらい、海外ならばその場にいる全員を敵視するのだが、ここは平和ボケの楽園・日本。「・・まさかトイレに行っている間に、荷物が盗まれるなんてことはないだろう」と、心のどこかで高を括っているわたしがいるのである。

 

(うーん。観察すればするほど、店内の客全員が敵に見える。わたしが離席する瞬間を、今か今かと待ちわびているようにしか見えない・・)

 

神経を尖らせながら、果たしてどうするべきかを考えるわたし。考えて考えて、気が付くと自分のいびきで目が覚めた。そう、背後が壁だったため、後頭部を預けてスヤスヤ爆睡してしまったのだ。

(あぁ・・寝ている間にパソコンやバッグを盗まれたら、悔いよりも恥ずかしさで打ち明けられないだろうな)

 

 

そして今、わたしはいつどこで転寝(うたたね)してもいいように、パソコンを椅子やテーブルと繋いでおくセキュリティワイヤーを、Amazonで探しているのである。

 

サムネイル by 希鳳

Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です