神への冒涜とならぬよう、機内食は真摯に受け入れよ

Pocket

 

今年の初め、ブラジリアン柔術のヨーロピアン選手権に参加するため、ポルトガルへ向かった。

 

ブラジリアン柔術は、帯と体重(場合によっては年齢)別に試合が組まれる。

 

そのため、ほとんどの人が減量をして試合に臨む。

 

なかでも私は、かなりの減量をした上でマットに上がる。

なぜなら、日ごろからものすごくよく食べるからだ。

 

体重が1日で4キロ変わるなど、一般的には考えられないことだろう。

しかし、私にとってはごく普通のこと。

 

なぜか。

 

それだけの量を食べるからだ。

 

 

長時間のフライトで気を付けなければならないことは、むくみだ。

 

機内は湿度が低く乾燥しているため、座っているだけでも体内の水分が失われる。そして水分不足になると、体は水分を溜め込むため、むくみが生じる。

 

これに加え、足を伸ばせず窮屈な座席で同じ姿勢を続けるため、血流が悪くなりエコノミー症候群の恐れもある。

 

そのため、フライトの際に必ず、着圧ソックスなるものを持参することにしている。

 

着圧ソックス、というか、過去にふくらはぎの肉離れを起こした際に着用していたふくらはぎのサポーターを、私は代用している。

これが非常に優れモノで、着用するかしないかで明らかな違いがある。

 

むくみの主な原因は、静脈を流れる血液が心臓へ戻り切れないために起こる。

また、ふくらはぎは”第2の心臓”とも呼ばれ、ふくらはぎの筋肉が収縮することで静脈の血液を押し上げる働きを持つ。

 

つまり、ふくらはぎの筋肉を締め付けることで圧力がかかり、血液を心臓へ押し戻す力が増大することで、むくみが軽減するわけだ。

 

以上の理由から、計量の最大の敵ともいえる「水分」を溜め込まないためにも、ふくらはぎを締め付けながら快適なフライトを過ごす必要がある。

 

 

今回、特筆すべきは機内食だ。

私は、ポルトガルへ試合をしに行くのだ。

旅行や観光ではない。

 

とにかくマットに上がれば試合になる。

つまり直前の計量さえクリアできれば、勝ち負けになるのだ。

 

そこで最も重要となるのが食事である。

 

人間の体重を増やすのは、飲食物だ。

量はもちろんのこと、内容もこだわらなければならない。

 

私は万全を期して、飛行機を予約する時点でスペシャルミールをチョイスした。

 

兎にも角にも体重の増加を抑えるべく、ベジタリアンメニューであることがマスト。

さらに、試合に向けた精神面での集中を考慮し、宗教食を選択してみた。

 

今回選ばれし、栄えあるスペシャルミールは、

ジャイナ教徒ベジタリアンミール」

 

株式会社静環検査センター発行の生活衛生ニュース(2019年4月号)によると、ジャイナ教徒ベジタリアンミールは、

ジャイナ教の徹底した不殺生の教義に基づき、肉類、魚介類、卵、乳製品、蜂蜜のほか、根菜・球根など地中の野菜は使用されません。そのため米、小麦、豆、葉野菜を中心とした食事となる。

ということだ。

 

インド国民のわずか0.4%しかいない教徒数にもかかわらず、IATA(International Air Transport Association:国際航空運送協会/航空会社290社が加盟)のミールコードに、ジャイナ教が指定されているから興味深い。

 

そんな、貴重なスペシャルミールをチョイスした。

まさか、これが悲劇を生むとも知らずに。

 

 

機内でもっとも楽しみな時間、それは食事の時間だ。

さらに私は、スペシャルミールをオーダーしているため、一般人よりも先に届く。

 

ーーだれよりも早く、ごちそう(と言ってもライトミール)にありつけるわけだ!

 

 

颯爽とCAがやってきた。

 

「Did you order a Vegetarian Jain Meal?」

 

「Sure」

 

優越感に浸りながら、スペシャルミールを受け取った。

 

と同時に、まだ誰にも食事が配られていない機内に、なんとも鼻を突く強烈な異臭がただよった。

 

(なんだこの腋臭(ワキガ)のような臭いは)

 

まぁそういう人も機内にいるのだろうから、食事が終わったらマスクをして眠るとしよう。

 

そう思い、スペシャルミールのフタをはがしたとき。

 

日本で嗅いだことのない、なんとも表現しがたい、スパイシーーなオイニーが、放たれた。

 

となりの乗客が、こちらを見ている。

私はとっさに、スペシャルミールのフタを閉じた。

 

 

私以外にスペシャルミールを頼んだ乗客はおらず、私しか食事を手にしている者はいない。

 

そして、なんとも強烈な刺激臭が、私の座席から放たれたのだ。

 

手のひらに汗が滲んできた。

 

(これはいったい、なんなんだ)

 

そのニオイに覚えもなければ、それがどういった料理なのかの想像もつかなかった。

 

 

10分後、機内全員に食事が配られたころ、みなさんが黙々と食べる姿を確認した私は、再び、禁断のフタを少しだけはがしてみた。

 

目視できる形状は、だった。

赤い豆。

 

フォークで豆を刺し、口へと運んでみる。

 

(・・・・・・)

 

辛くはないが、ターメリック系のスパイシーな味がする。

豆は、単なる豆だ。

 

ただ、2粒目はもういいかな、というお味だった。

もちろん、味の好みは人それぞれなわけで、たまたま、私の好みの味ではなかったというだけで、決してマズイと言っているわけではないので誤解しないでもらいたい。

 

 

ーーみなさんが美味しそうに召し上がっていらっしゃる普通の機内食を、何度、頼みたいと思ったことか

 

しかし、わざわざ事前に宗教食を予約した分際で、普通の機内食を食べたい、などと言えるはずがなかった。

 

CAらは私のことを、厳格なジャイナ教徒だと信じているだろう

アヒンサー(不害)の禁戒を厳守するなど、徹底した苦行・禁欲主義で知られる、インド宗教の熱狂的な信者だと。

 

その期待を裏切ることはできなかった。

 

 

宗教を舐めてはいけない。

興味本位で宗教食など、オーダーしてはならない。

それこそ、神への冒涜だ。

 

 

ーー空腹の私は、罪を償うべく、静かにまぶたを閉じた(寝た)

 

 

Illustrated by 希鳳

 

Pocket