恐怖の追加資料

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社員でもアルバイトでも、労働者が新型コロナに感染した場合、というかPCR検査で陽性だった場合、自覚症状が現れなくても労災保険または健康保険から給付がもらえる。

中でも業務によって新型コロナに感染した場合は、労災保険から給付が出る。対象となるのは、

・感染経路が業務上であることが明らかな場合

・感染経路が不明の場合でも感染リスクが高い業務に従事し、それにより感染した蓋然性が高い場合

・業務外で感染したことが明らかな場合を除く、医師や看護師、介護士など

これらに該当する場合、原則として「労災保険給付の対象」となる。

 

ちなみに健康保険は加入要件があるため、中小企業ではパート・アルバイト労働者は未加入のことが多い。よって、健康保険からの給付(傷病手当金)を受けられない人もいる。

その場合は国民健康保険へ給付申請すればいいのだが、いずれにせよ受給額は労災保険給付より少ない。そういった部分からも、仕事中に感染した場合に労災が適用されるのは喜ばしいことなのだ。

 

しかし手放しに喜べない面もある。

 

飲食店を営む顧問先で、一人の従業員が新型コロナに感染し10日間休養した。発熱など体調不良の従業員は他にはおらず、PCR検査も陰性。ではプライベートでの感染かと思いきや、当該従業員の家族は全員陰性で症状もなし。

勤務中、マスクやフェイスシールドを着用していたとはいえ、不特定多数の顧客と接する当該従業員は「業務上の感染の可能性が高い」ということで労災申請に至った。

だがその後の「追加資料」に絶句した。

 

労災申請書類を郵送後、管轄の労働基準監督署から封書が送られてきた。そこには追加資料一覧のほか、事業主と被災労働者が記入する書類が同封されていた。そしてそれは、小さな飲食店の事業主にとっては心をへし折られる内容だった。

・会社組織図

・所属事業場組織図

・所属部署組織図(被災労働者の上司、部下、同僚等が分かるものを実名で)

・作業場所の見取り図、座席表

・被災労働者の業務内容を把握できる資料(作業マニュアル、作業計画表、作業工程表、進行管理表、業務日報、業務指示書、業務量を把握できる資料等)

・被災労働者の勤務時間の記録、賃金台帳(発症直前の賃金締切日から遡った3か月分)

・その他本件発症に関して参考となるものがあればその資料(社内での感染経路調査等)

※提出資料は写しで、なるべくA4サイズでご提出ください

これらのうち出勤簿と賃金台帳は保管があるが、その他はすべて新たに作成しなければならない。しかも内容からして、小さな飲食店では事実上「不要」なものばかり。

さらに、アンケート形式の「使用者報告書」と「(被災労働者からの)申立書」は、それぞれ7枚にわたる超大作だった。

「これって、労災申請書類で似たような内容を書いたはずじゃ・・・」

一読した後、その内容に唖然とする。

 

さらに呆れたのは、

・事業主/発症前14日間の業務内容を記載してください

・被災労働者/発症前14日間の行動を思い出しながら記入してください

という項目だ。これはなかなかハードルが高く、双方で重複する内容でもある。しかも事業主側の記載例には、

「客数が普段の1.4倍くらい。日用品の置き場を多く聞かれたとのこと。マスク着用で勤務」

と書かれてあり、そこまで詳細な情報を2週間分も記憶している”小さな飲食店”の事業主と労働者が、どれほど存在するのだろうか。

 

私の元へ、事業主と被災労働者の両方から悲鳴が届く。まるで悪いことをしたかのような調査項目は、普段から書類作成に縁のない「現場プレイヤー」にとっては、恐怖そのものだからだ。

もちろんフォローをしたが、この調査にどんな意味があるのか疑問は拭えない。調査が無駄という意味ではなく、あえて追加で「膨大な資料を求めるほどの調査」があると知っていれば、新型コロナの労災申請は慎重に検討したのに、という後悔に近い感情が沸き起こる。

傷病手当金の方が、彼らの負担がよっぽど少なかった――。

 

 

昨日、神戸新聞のネットニュースで「コロナ労災、申請ためらわずに 県内認定1194件 支援団体「職場感染もっと多いはず」という記事を読んだ。内容には「周知が不十分」とあるが、個人的にはそれだけではない気がする。

 

事実、労災申請後にあれほどの追加資料を求められたら、零細企業の現場プレイヤーである事業主や被災労働者は、拒否反応を示し疲弊する。

不正受給を防ぐためには必要な行為かもしれないが、「通常の労災申請」ではこのような徹底した調査を行わないことからも、新型コロナの場合のみ莫大な負担を強いられることは理解しがたい。

 

冒頭の繰り返しになるが、そもそも「感染経路不明」でも「感染リスクが高い業務に従事し、それにより感染した蓋然性が高い場合」に対象となると決めたのであれば、一般的な労災申請に倣って審査を進めてもらいたい。

そうすることで、現場プレイヤーは安心して業務に邁進することができるのだから。

 

サムネイル by 希鳳

 

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