とある田舎道を走っていると、「焼きとうもろこし」と書かれたのぼり旗を発見。
とうもろこし好きのわたしにとって、新鮮かつ出来たての焼きとうもろこしが食べられるなんて、夢のような話だ。
すぐさまハンドルを切り、特産物直売所へ入った。
さすがは田舎、野菜や果物のデカさが違う。ズッシリとした重量に加え、艶やかでみずみずしい農作物が、格安で販売されている。
(この桃なんか、都内で買ったら倍の値段だぞ)
片手では収まりきらないほどの白桃やネクタリン。粒が大きく張りのある巨峰にピオーネ。
その他フルーツや野菜のどれをとっても圧巻だが、残念ながら本日のメインは君たちではない。
このたびの主役は、黄金に輝くとうもろこし「恵味(めぐみ)」と、色白で神秘的な貴婦人「プラチナコーン」のお二方だ。
それにしても初めて聞く名前であるプラチナコーン。まるで「とうもろこし界のアルビノ」を名乗れそうな、透きとおる白さが特徴の美人さんだ。
ーー果たしてどんなお味なのか。
とそこへ飛び込んできたのは、
「生でも食べられる、フルーツコーン」
というPOP。
ーー穀物だとばかり思っていたとうもろこしが、フルーツだと?
半信半疑のわたしは、その場に置いてある試食用の生プラチナコーンをつまんで、口へと放り込む。
シャクシャク。
ーーう、うまい!
そもそもとうもろこしは、水分を豊富に含んでおり瑞々しい。
だがこれは、その上をいく潤沢な水分と新鮮さ、そして歯ごたえを装備している。さらに、とうもろこしの粒からあふれ出る「確かな甘み」を強く感じる。
(これをフルーツと呼ばずして、なんと呼ぶ)
ついでに隣りに並ぶ、黄金のとうもろこし「恵味(めぐみ)」の試食にも手を伸ばす。
シャクシャク。
ーーぬぅ、うまい!
こちらは、プラチナさんよりも舌にまとわりつくような濃厚な甘みが特徴。完熟フルーツを彷彿させる糖度だ。
いわゆる「甘みの強いとうもろこし」といったら、こちらだろう。ハチミツのようなトロッとした深い甘みが口中に広がる。
わたしはプラチナコーンと恵味を一本ずつ、目の前で焼いてもらった。そして手渡されるや否や、貪り食うように丸裸にしてやった。
これほどフルーティーなとうもろこしは、熱を加えればさらに甘みが増すことなど折り紙付き。
「こんなもの何本でも食えるわ!」
やや腹を立てながらも、あっという間に食べ尽くしてやった。
*
車に戻るとすぐに、下の前歯に挟まった「とうもろこしの粒皮」が気になり始めた。
直売所のお姉さんがドン引きするほどの、猛烈な勢いで食べ尽くした2本のとうもろこし。
わたしはトップスピードを維持したまま最後まで突っ走ったため、とうもろこしの粒皮のことなど気にする余裕はなかった。
だが今、いざ冷静になってみると、前歯の間に居座る「微妙な存在」が無視できないことに気付く。
とりあえず舌先でレロレロ、いや、チロチロいじる。ーー取れない。
つぎに吸引力で引き抜こうと、口を閉じてバキューム。ーーやはり取れない。
ならばツバをためて唾液の海に浸すことでどうにかならないか。ーーどうにもならない。
こうなったら最終手段。水を口に含んで水流を起こし、その水圧で粒皮を動かしてやる!ーーびくともしない。
運転中ということもあり、やれることに限りがある。車内にはつまようじ的なものは見当たらないし、歯を磨くこともできない。
いや、これは歯を磨いたところで「取れない系」の粒皮だ。なぜなら、歯ブラシもつまようじも入らないほど、わたしの歯と歯がギッチリ詰まっていることを忘れていたからだ。
一時間ほど経ったところで、わたしは我慢の限界を迎えた。
ここまでずっとナビが頭に入らないほど、歯に挟まった粒皮に気を取られながら運転してきた。だがさすがにもう無理だ。
たまたま目に入った「カフェ」の看板。誘われるように車を寄せると店に入る。
そしてたっぷりのブラックコーヒーとフレンチトーストを注文した。
(イライラする時は、コーヒーとフレンチトーストに限る)
とれたてのとうもろこしやブドウも美味かったが、やはり都会で暮らすわたしにとって、オシャレカフェこそが気分転換のマインドセットとなる。
前歯に詰まった粒皮を取り除く方法はただ一つ、フロスでかき出すことだ。
しかし今、フロスは持っていないし入手できそうな店も見当たらない。
ならばいっそのこと、粒皮のことは忘れて明るく楽しく生きようじゃないか。粒皮と人生を共にする覚悟で、コーヒーで乾杯しようじゃないか。
*
コーヒーとフレンチトーストで機嫌を良くしたわたしは、快調に車を走らせた。
(しかしあのフレンチトースト、ちょっと固めに感じたけど、パンの中まで卵やバターが染み込んでて美味かったな)
そして5分後、わたしはとうとう気が付いた。
いつの間にか、口内から粒皮が消えていることに。
思い返せばあの時だ。噛みごたえのある生地でできていたフレンチトーストをしつこく咀嚼したことで、いつの間にかとうもろこしの粒皮が巻き込まれて、歯の隙間から引きずり出されたに違いない。
ーーそうか。太陽と北風作戦だったのか。
サムネイル by 鳳希(おおとりのぞみ)
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