伝説の重機オペレーター

 

久しぶりに、20トンクラスの油圧ショベル——俗に言うユンボに乗った。

本日のミッションは、積まれた残土を別の場所へ移動させるというもの。ダンプ13台分およそ100立米(リューベ)の土砂を、一人黙々とすくい上げては背後へ移動させるという単純作業に勤しんだわたしは、想像以上に疲弊していた。

 

言ってみれば、キャビン(運転席)に座ってレバーを操作するだけのことなので、暇で飽きることはあれど疲弊するなど意味が分からない——そう思うのが普通だろう。

だが、ユンボという「腕」を無駄なくスムーズに動かすには、頭で考えてからでは遅い。考えながら・・場合によっては考えるよりも先に動いていなければ、作業の流れを止めることとなる。

 

実際に、静止しているものを動かす際の初動は大きな力が必要。無論、少しずつレバーに圧力を加えれば、それなりにスムーズな出だしになるが、それでも一度止めてから動かすというのは、気持ちの上でもロスとなるので避けたいところ。

それよりなにより、本日の現場監督は「最短かつ滑らかな動き」をモットーとしており、雑な仕事や重機に負担をかけるような運転・操作を、ことのほか嫌うのだ。

このような事情もあって、ブームやバケットをガクンガクン動かしたりすれば、それこそ冷たい笑顔で「交代するから、降りて」と言われる未来を恐れたわたしは、ユンボの一挙手一投足に集中した。

 

(やってしまった——。現監(げんかん)から「絶対に穴を掘らないように」と忠告されていたにもかかわらず、バケットの爪が地面に刺さった状態で手前に引き寄せてしまったではないか。これはマズい・・とはいえ、この失態を隠すべくバケットの背中で撫でたとして、地面がいい感じに平らになるとは限らない・・いや、そんなことで時間を使うくらいならば、残りの山をさっさと移動させてから謝るべきだろう)

 

ユンボのスムーズな操作のみならず、現場監督への言い訳や謝罪についても頭を抱えなければならない状況に、必要以上にストレスを感じつつも腕を動かし残土を移動させ続けるわたし。

しかしながら、ヒトが成長するのはこういうタイミングなのだ。

 

ユンボの腕であるブーム、アーム、バケットの関係性を体得するべく、指先の感覚を敏感にする——この場合の指先は、自分の指ではなくバケットの先についた爪の感覚なのだが、そうすると不思議なことに、見えないはずのバケットの先端が「あと何センチで土砂に届くか」や「どのくらい開けば一番奥の土砂に届くか」など、爪と地面との距離感が掴めるようになる。

その結果、「向こうへ伸ばしながら下ろす」「手前に引き寄せながら上げる」といった、二つの動きを感覚的にコントロールできるようになり、最終的にはバケットの「巻き」や「開き」を加えた三方向の立体的な動作を、頭で考えずとも実行できるようになるのだ。

 

(やっぱり、ヒトはストレスに見舞われたり追い詰められたりした時こそ、底力を発揮するものなのだ)

 

移動させた土砂の積み方にも細心の注意を払い、「次のことを考えれば、こう置いたほうがいいだろう」とか「山の頂上を押し崩しながら乗せれば、まだ積める」など、指示されたことだけでなく自らの頭を使って考えながら、ベストな土砂山を作り上げていった。

それでいて、流れるように丁寧に腕を動かし続けることへも意識を割きつつ、過程と結果の両方に最高レベルの集中力を注いだ。美しく、スムーズに、それでいて効率的な結果を出さなければ——。

 

*

 

そんなこんなで、わずか二時間程度の作業だったにもかかわらず、今年一番の”疲労困憊状態”となったわたし。

重機を操作することが、こんなにもメンタルにくる作業だったとは——しかも、男臭い土方仕事だと思っていたものが、まさかの繊細さや丁寧さを要するという、女にこそ向いた仕事だったとは。

 

(生まれ変わったら、今度こそ伝説の重機オペレーターになるぞ・・)

伝説の溶接工か伝説の重機オペレーターか。いずれにせよ、わたしの来世は明るいこと間違いなしである。

 

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